魔女がドレスを着る時は
6.ティアラの行方:聖女と下僕の恋愛喜劇
初めて拝謁の栄誉を賜ったのは、10年前。
魔道将軍の父に連れられた宮殿で、少年は 恵みの御子 と相まみえた。
御子はこの国に幸福をもたらす古の魔女の化身だという。しかし父親にそう説明されても、少年には有り難みがわからなかった。
なぜなら、その 恵みの御子 は、5つやそこらの 子供 だから。
喋らない。動かない。
広間最奥の豪奢な椅子に、ただジッと座っているだけ。
まるで綺麗な人形の様で、とても戸惑ったのを覚えている。
そんな少年の純粋な目には、周りの大人が醜悪に見えた。
御子の恩恵を受けようと誰もが競って媚びへつらう。嫌気が差すほど浅ましかった。
なぜか心がひどく痛んだ。
ドレスや宝石で飾り立てられた御子が、とても小さく儚く見えた。
温もりのない笑顔でもて囃される、無表情の幼い少女。
その姿が、哀しげで、淋しげで・・・。
( 俺が、護ってやる・・・!!!)
父親に急かされ退出する時、御子に振り向き少年は誓った。
その誓いは今もなお、彼の心で燃えている。
ただ・・・。
いささか、燃 え 過 ぎ て る のが 問題 だった。
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ファヴィク王国は、古の魔女が興した国だと伝えられている。
昔は古の魔女の直系子孫・大魔女が治める国とも交流があったが、今はほとんど往来がない。それ故、大魔女の国とはまったく異なる独自の文化を育んできた。
恵みの御子 を崇めるのもその一つ。
王族の中で一番魔力が強い女児を、古の魔女の化身として祀る。
国の長い歴史の中で、脈々と受け継がれている風習だった。
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「そんなぁ!エレンゼ様ぁ〜!」
時に、早朝5時半過ぎ。
恵みの御子が住まう宮殿、居心地の良い清楚な居間で、むくつけき男が半ベソかいて必死に駄々をこねていた。
彼の名は、ゴルバ。
この強面の大男は代々魔道将軍を勤める・レビトゥ家の跡取り息子。
由緒正しき名家の出だが、ちょっとばかり扱いに困る風変わりな男だった。
「このゴルバはエレンゼ様をお護りする側近護衛ですぞ!
エレンゼ様の御為なら例え火の中水の中!
我が身命はもちろん、恥も誇りも外聞も見栄も、ぜ~んぶポイ捨てできますのにぃ!」
「止めぬか!朝っぱらからみっともない!」
喚くゴルバを叱っているのはティアラを付けた可憐な少女。
現国王の王女にして 恵みの御子・エレンゼである。
透けるような白い柔肌に黒銀に輝く長い髪。
気品漂うその姿は神々しいほど美しい。
しかし。
「とにかく、そちは置いていく。この宮殿でおとなしくしておれ!
ただでさえそちは、
粗暴で粗忽で配慮に事欠く抜け作唐変木 なのだ! 少しは自覚いたせ、戯け者!」
・・・口が悪い。
困った事にこの御子は、性格が少々キツかった。
「此度の道中、そちの父・レビトゥ魔道将軍と共に クラウド殿 が同行することになっておる。
そちの弟・クラウド殿はお父上に勝るとも劣らぬ魔道士。彼に護衛についてもらう。」
「そんなぁ~!」
「騒ぐな!致し方ないであろう!」
エレンゼがフィ、と目線を反らす。
バツが悪そうに眉を潜める彼女の口調がほんの少しだけ優しくなった。
「そちは 魔法が使えぬ し・・・。」
「・・・うっ!?」
ゴルバは大げさによろめいた。
その通りだった。
ゴルバには魔力がほとんど無い。
代々魔道将軍の任を王家から賜る名家の嫡男にもかかわらず、魔法がまったく使えないのだ。
「あ、悪意あって言ってるのでは無い!」
エレンゼが慌てて言い添えた。
「そちの身を按じての事だ。
此度の道中、兄上の手の者がよからぬ邪魔立てをするやも知れぬ。
その時、その・・・。そちが、居ては・・・。」
魔道士・魔女の国である。
争いが起きれば魔法で戦う。そんな修羅場に魔力無い者の出番など皆無に近い。
居たら危険で、むしろ 邪魔 。
ゴルバはがっくり項垂れた。
---※※※---☆☆☆---※※※---
エレンゼを乗せた魔動車(魔力で走る自動車)が、宮殿を発ってもうずいぶん経つ。
すっかりいじけて拗ねるゴルバは、宮殿回廊の隅っこで落ち込んでいた。
「エレンゼ様は今頃どの辺りをお進みであろうか?
急いでおられたからな。道行きは街道ではなく、近道の西の湿原を抜る道をお進みだろう。
湿原には盗賊が多いと聞くが、大丈夫であろうか?
うーむ、心配だ心配だ心配だ心配だ・・・(エンドレス)。」
壁に「のの字」を書き綴りながらブツブツつぶやく大男。
進んで関ろうとする者はいない。忙しく行き交う女官や従者は、彼の背中から目を反らす。
しかし。
「なぜだ? なぜ俺だけお留守番なのだ?」
「さぁ?そんなの知らないわ。」
誰かが反応してくれた。
若い女性の声だった。
「見たかったのにぃ。
あのティアラを身につけたエレンゼ様が、悪徳王子をカッコ良く断罪するトコぉ(ウジウジウジ)。」
「ティアラ付けて王子を断罪?
ナニそれ、詳しく説明してくれる?」
「数日前の夜、エレンゼ様の枕元に、突然 ティアラ が出現したのだ。
この宮殿には遙か昔の画家が残したフレスコ画がある。そこに描かれた古の魔女様も頭にティアラを乗せていて、それと寸分違わぬものだ。
エレンゼ様はそれを古の魔女様のご意思と受け止められた。
これは『この国の不正を正せ』との、古の魔女様の啓示なのだ、と。」
「へぇ。それで?」
「エレンゼ様は兄王子を断罪するご決意をされたのだ!
兄王子は王太子でありながら、父王の目の届かぬ所で汚職三昧、立場弱き者から金を搾り取るような悪行を重ね続けている。」
「あらま。サイテーね。」
「その非道な行為にお気づきになったエレンゼ様は、ずっとお心を痛めていらっしゃった。
しかしこの度、古の魔女様のティアラと共に王城に出向き、父王に拝謁するご決意をされたのだ!
兄王子の悪行を父王にご報告し、廃嫡を進言する!
そしてご自身が王太子となり、この国の未来を背負って立つ!
その歴史的な日が、まさに今日という日なのだ!!!
・・・って、なんだ貴様は???」
拳を握って熱弁していたゴルバはようやく気が付いた。
いつもまにやら自分の横に、知らない女性がいる事に。
「アンタ、気付くの遅くない?」
燃えるような赤い髪。挑むような鋭い目。
ローブを羽織った出で立ちの、異国から来たと思われる「魔女」が、呆れた様につぶやいた。
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「ま、でも大体の事情は解ったわ。
ウチの国宝、今度はそんな事になってんのね。」
突然現れた赤毛の魔女が、うんざりした顔で吐息を付いた。
「で?どっちの方向なの?
恵みの御子様とやらが向かってるこの国の王城は?」
「方向?それなら、こっちだが・・・。」
魔女はゴルバが指し示す方へ目を向け、首飾りの魔石に指先を添えた。
「遠視魔法よ。ちょっと様子を見てみようかしらね。」
キィン!と小さく魔石がなり、魔女の瞳が鋭く光る。
その途端、彼方を眺める魔女の顔色が一気に青く変化した!
「!? 何これ!
恵みの御子、賊 に 襲われてる わよ!?」
心臓が止る思いがした。
ゴルバは思わず魔女の肩を、大きな手で鷲掴む!
「なにぃ!? どういう事だ、何があった!!?」
「私が知るわけないでしょ!?
でも御子が乗る車が、湿原の真ん中で人相悪い連中に取り囲まれてんのよ!
賊の中に魔道士がいるわ、盗賊風情じゃあり得ない!」
「湿原に魔道士が?!いったいなぜだ!?」
「知らないッつってんっでしょ?!
なんなのアイツら、かなりの人数よ!まるで軍隊だわ!」
「!!!」
ゴルバは察した。エレンゼの予想が的中したのである。
思慮浅く愚かな兄王子の、よろしからざる邪魔立て。
王城へ向かうエレンゼ達を湿原で待ち伏せ、卑怯にも奇襲を掛けたのだ!
「とにかく、早く助けにいかなくちゃ!
・・・って、きゃーっ?!」
遠視魔法で荒野を眺める赤毛の魔女が絶叫した。
突然、ゴルバが魔女を捕まえ、自分の肩に担いだのだ!
そのまま地を蹴り走り出す。猛り狂った猛牛にも似た、怒濤の全力疾走だった!
「ま、まさか走って行く気?!
下ろして!転移魔法で連れてってあげるから・・・。
ちょっと!アンタ、人の話を聞きなさいよーーーっっっ!!!」
・・・聞いちゃいない。
砂塵巻き上げ地を踏みならし、魔女を担いだゴルバは一路、湿原目がけて爆走した!
---※※※---☆☆☆---※※※---
ファヴィク王国西に広がる大湿原。
そこを東西に貫く道は、整備が行き届いていない事もあり、あまり人の往来がない。
魔女を抱えたゴルバは今、湿原のぬかるんだ地面を踏みしめていた。
目の前の光景に立ち尽くす。
それは恵みの御子に忠義を尽くす彼にとって、あってはならない状況だった。
「・・・ゴルバ!?」
エレンゼが驚き叫ぶ。
古の魔女のティアラを付けた恵みの御子は無事だった。
しかし彼女を乗せていた魔動車は横転、沼にはまって沈みかけている。
護衛は制圧されていた。魔動将軍の父と魔道士の弟、彼らも敗北を喫した屈辱にがっくり頭を垂れている。
彼らを取り囲んでいるのは、魔道士を含む武装兵達。
その正体は一目見るなりすぐにわかった。王都・王城の憲兵団である。
誰が差し向けたのかは、推して知れた。
絶体絶命の危機だった。
王城憲兵団ともなれば全員手練れ。万に一つの勝機もない。
しかし・・・。
ゴルバは肩から魔女を降ろし、1歩前へと歩み出た。
「・・・なぜ、エレンゼ様が
泥にまみれて おられるのだ?」
激しい怒りに打ち震える、地を這うような声だった。
兵士達が息を飲み、気圧され思わず後退る。
魔動車から引きずり出されてしまったのだろう。地面に蹲るエレンゼは全身泥にまみれていた。
「なぜ、エレンゼ様が
貴様らなどに 見下されて おるのだ?」
ゴルバはさらに足を踏み出す。
エレンゼを囲み見下ろす兵士達。彼らの手には武器がある。
剣や鉄砲、槍等が主を狙う状況に、ゴルバの両手が拳を握る。
彼は突然天を仰ぐと、魂の底から 咆哮 した!
「なぜ、エレンゼ様が
泣 い て おられるのだーーーーーっっっ!!!!」
泥で汚れたエレンゼの頬。
そこにはたった一筋だけ、悔し涙の跡があった。
---×××---×××---×××---
ドォン!!!
前触れなど少しもない。
突如、巨大な 雷 が敵兵の群れに落ちた!
「ぎゃあぁぁ?!」
兵士達が逃げ惑う。
彼らに追い打ち駆けるかのように、空に暗雲が立ちこめ始めた。
にわかに風も吹いてきた。風は徐々に勢いを増し、大きな渦を巻き始める。
雷光を纏った 竜巻 が、幾つも生まれて天地を貫き、敵兵達に襲い掛かる!
ゴオォォォォォーーーーー!!!
凄まじい烈風が吹きすさぶ!
ゴルバは敵兵を蹴散らしエレンゼの元へと駆け付けた。
そして彼女を腕に抱くと、再び咆えた!
「があああぁぁぁーーーーーっっっ!!!」
雄叫びが大地を揺るがした!
不気味な地鳴りが湿原に響く。湿地帯のあちこちで地面がひび割れ裂け出した!
雷撃術、烈風竜撃術、地鳴動烈破術。
すべて、莫大な魔力を使用する超・強力な高位魔法。
それをまとめてに発動させたのは、魔力が無いはずのゴルバである。
人々はこの現状に恐れ戦き、混乱した!
「止めさせろ!
このままじゃ、あいつの身が保たん!」
混乱の最中、誰かが叫んだ。
無茶な魔力解放は身体を著しく傷つける。
生命力も根こそぎ奪う。魂の力が魔法に奪われ、命そのものが脅かされる。
ゴルバもそれはわかっている。しかしそれでも本望だった。
護る と誓ったのだ。
初めて出会ったあの時に!
エレンゼを泣かせる者は、誰であろうと許さない!
自らの魔法が自身を傷つけ、満身創痍の姿になっても、ゴルバはひたすら叫び続けた!
しかし・・・。
「・・・やめてやめてやめて !
や め て ーーーーーっっっ!!!!」
突然聞こえた少女の絶叫!
ゴルバはハッと我に返り、腕に抱いた大切な人を見下ろした。
エレンゼが、泣いている。
泥だらけの顔をクシャクシャにして。
ゴルバを見つめる両目から、ボロボロ涙が溢れ出す。
そんな彼女は歳相応に、幼くか弱く、儚く見えた。
「・・・あれ?
もしかして、泣かしてンのって・・・ 俺 ???」
その事実に気付いた時。
ゴルバはその場に頽れた。
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( 俺が、護ってやる・・・!!!)
確かにそう聞こえたのだと、エレンゼは今でも信じている。
その少年と出会ったのは、10年前。
父と共に宮殿に訪れた1人の少年。彼は短い謁見の去り際、声なき言葉を残していった。
彼の強い眼差しが、凍えた心に光を灯す。
生まれて初めて知る温もりは、幼い少女の 宝 になった。
エレンゼが 恵みの御子 になったのは、まだ字も満足に書けない幼少時。
群がりへつらう知らない大人達が怖かった。国を導く重責を課せられ、何度も心が壊れそうになった。
その度、護衛として仕えてくれるあの少年に救われてきた。
愚直なまでにひたむきで、呆れるくらいに天衣無縫。
大人達が氷の微笑を浮かべる中で、太陽のように笑ってくれた。
気性が激しく素直になれない、そんな自分が嫌いだったが真正面から受け止めてくれた。
ただ、側に居てくれる。
それだけでとても幸せだった。
誰より大切な人だから、今回の王城行きに「一緒に来て」とは言えなかった。
エレンゼに危険が迫った時、魔法を使えないからこそ身を挺してでも護ってくれる。
彼はそういう人。だから宮殿に残るよう命令した。
しかし、彼は来た。危機に陥るエレンゼのために。
大切な人が自分のために怒り傷つき、命を削って魔法を放つ。
このままでは死んでしまう!心の底から戦慄した。
「・・・やめてやめてやめて !
や め て ーーーーーっっっ!!!!」
エレンゼは我を忘れて絶叫した。
---☆◇☆---☆◆☆---☆◇☆---
ゴルバが膝から頽れる。
倒れ伏しつつあってなお、腕に抱えたエレンゼはそっと優しく地面に降す。
自分はぬかるみに顔から突っ込む形でぶっ倒れた。
ゴルバはそういう男である。
泥にまみれたゴルバの巨体に、エレンゼは半狂乱で取りすがった。
「ゴルバあぁ!
いや!死なないで!
お願い、死なないでーッ!!!」
無我夢中でゴルバを揺さぶり泣き叫ぶ。
そこにはただ有りのままの、か弱い少女の姿があった。
「大丈夫。そいつ、死んだりしないわよ。」
突然聞こえた女性の声。
エレンゼはハッと顔を上げた。
「魔女」が居た。
金のローブをはためかせて立つ赤毛の魔女が、辺りの様子を伺っている。
雷光・烈風・地響き地割れで、人々が阿鼻叫喚に陥っている。
彼女は首飾りに左手を添えた。
そして、右手を大きく薙ぎに振る!
キィン!
湿原に美しい音が響き渡った。
その途端、雷鳴が止み竜巻は消えた。
割れた地面は綺麗に閉じて、空を覆った暗雲も綺麗さっぱり消え失せた。
右手を一振りしただけで湿原は静けさを取り戻した。
これほどの力を持つ魔女は、この世にたった1人しか居ない。
かの国の 大魔女 。
その圧倒的な魔力を前に、人々は愕然と立ち尽くす。
「言っとくけど、私はこっちに付くわよ?」
棒立ちになる敵兵団へ目を向け、大魔女は超然と笑って見せた。
「さぁ、とっとと帰って王太子に伝えなさい!
恵みの御子にはこの大魔女と、大地を裂くほどの魔力を持った 大魔道士 が付いている とね!」
王太子付きの警護兵団は、すごすご撤収していった。
---○○○---(^ ^;)---○○○---
敵兵団を追い払った大魔女は、エレンゼの膝を枕にしているゴルバの姿に苦笑した。
「やれやれ、なんて奴なの?こんな所で 爆眠 だなんて!」
「ね、寝てる?!」
「そ! あんなに魔力を解放したら、並の魔道士なら死んじゃうトコロよ。
ゴーレムみたいに頑丈な奴ね。お見それしたわ!」
エレンゼはゴルバを見下ろした。
泥にまみれた顔のまま、幸せそうに笑っている。
地鳴りのようないびきまでかき始めたのには驚かされた。呆気にとられたエレンゼは放心状態でつぶやいた。
「でも、なぜゴルバが魔法を? 魔力は無いはずなのに・・・。」
「あぁ、それならあっちで伸びてる魔道士に詳しい話を聞いたらいいわ。」
大魔女が軽く首を巡らせ、ぬかるみの中でひっくり返るゴルバの弟・クラウドを示した。
「 呪術の反転 よ。
ゴルバは随分前からアイツに魔力を 封印 されてたみたいね。
アレ、ゴルバの弟なの? だったら動機は推して知れるわ。
兄の魔力を嫉んだのね。あわよくば家督の跡目も奪う気だったんじゃない?
でも、貴女が襲われてるのを見たゴルバが、怒りに任せて封印魔法を打ち破った。
封印魔法はある種の呪い。破られた力は術者に返るわ。何倍にも強力になってね。
その衝撃にやられたんでしょう。あまり同情できないわね。」
ゴルバを按じて側に控えるレビトゥ将軍の目がつり上がる。
鬼の形相で気絶している下の息子に駆け寄ると、怒気も露わにどやし始めた。
「さて。もう大丈夫よね?」
大魔女はニッコリ微笑んだ。
「貴女がしているティアラ、ウチの国から盗まれた物なの。
古の魔女の啓示じゃなかったワケだけど、結果良ければ全て良し!忠義に厚い大魔道士様が付いてるんですもの。貴女なら立派にこの国を導いて行けるわ。
だからそれ、返してくれる?
持って帰らなきゃ母親がギャーギャーうるさいのよ。」
「えっ?あ、は、はい!」
ぼんやりしていたエレンゼが慌てて頭からティアラを外す。
パヴェナ・トラル共和国で無くなった指輪とよく似た造りのティアラだった。金と白金の台座にはめ込まれた色とりどりの魔石が煌めき美しい。
泥汚れをドレスの裾で綺麗に拭いて、エレンゼはティアラを差し出した。
その時。
一陣の風が突然吹き付け、身を竦めるエレンゼの手からティアラを素早く奪って行った!
「!? 待ちなさい!!!」
大魔女が空を仰ぎ見る!
突風は古の魔女のティアラと共に、空の彼方へ消えていた。
漆黒の闇を秘めた禍々しい風だった。
大魔女は唇を噛みしめる。目の前で奪われるなど、これ以上無い屈辱だ!
(でも、正体の片鱗は見えたわね。
覚えてらっしゃい!絶対捕まえてやるわ!!!)
湿原に冷たい風が吹き始めた。
さっきの突風が呼んだのだ。大魔女は大きく右手を振り、邪気を含んだ風を払った。
---×××---(`ヘ´) ---×××---
この話には後日談がある。
兄王子の不正を正したエレンゼが、王太子になった日の事だ。
立太子の儀式を終えたエレンゼが、王城最上階の露台に出ると盛大な歓声に包まれた。
新しい王太子の誕生を喜び祝う人々が、城下の広場に集まって来ている。休日には大きな市場になる広場は、遥か彼方までビッシリ人で埋め尽くされていた。
彼らに手を振るエレンゼの横で、ゴルバは滝のように涙を流す。
感無量である。側に控える女官や従者、大臣・家臣の目も憚らず、ただひたすら号泣した。
そんな中、声が聞こえた。
耳や首筋を朱に染めた、エレンゼの消え入りそうな小さな声が。
「ゴルバ・・・。私を支えてくれますか?」
声に魔力を込めているのだろう。
蚊の鳴くようなささやきだったが、大歓声の中でも耳と心にしっかり届く。
「貴方が居てくれたから、
私は今日まで頑張れました。
貴方が居てくれるなら、
この先どこまででも歩いて行ける。
だから、これからもずっと側に居てもらえませんか?
こんな私・・・ですけれど・・・。」
最近、エレンゼはすっかり優しくたおやかになり、さらに美しく綺麗になった。
そんな彼女が前を向いたまま、一生懸命言葉を繋ぐ。
「 私には、貴方が必要なんです。
私・・・私 、貴 方 の 事 が ・・・。」
(・・・おぉっ !!!)
聞こえないふりして聞いていた女官や従者・大臣家臣。
誰もがみんな心の中で、未来の女王に声援を送る。
そんな空気に耐えきれず、エレンゼが恥じらい俯いた。
その場に居合わせる人々は固唾を飲んで、告白の結末を見守った。
しかし。
彼らはすっかり忘れていた。
このゴルバという男。魔力と忠義は超一流だが、
粗暴で粗忽で配慮に事欠く抜け作唐変木 だという事を!
「はいっっっ!♡!
もちろん、喜んでっっっ!!♡」
ゴルバが突然、絶叫した!
無駄に魔力がこもった声は近くで聞いてる人々はもちろん、城下広場の隅々にまで実にハッキリ轟いた!!!
「このゴルバ!!!
終生 エレンゼ様の 下 僕 ですっっっ!!!」
・・・し~~~~~ん・・・。
あんなに盛り上がっていたというのに、広場中が静まり返った。
---♡♡♡---(゜◇゜;)---!??---
この残念な雄叫びは、娯楽に飢えた民衆の 恰好の餌食 になってしまう。
見目麗しい恵みの御子と魔力が無かった男の恋は、小説・戯曲にうってつけ。多くの作家が喜び勇み、こぞって作品を書きまくる。
ただし、恋愛物ではなく、喜劇として。
後に、もれなく大当たりするそれらの作品が流行する度、若く美しい女王は当然、露骨に機嫌が悪くなる。
夫の魔動将軍も、国民達から親しみを込めて、こう呼ばれちゃう事になる。
女王様の最強下僕!
唐 変 木 大 魔 人・ ゴ ル バ !!!
・・・。
2人が治めるファヴィク国は幾久しく平和だった。
---☆●☆---○★○---☆●☆---
ハーブティーをカップに注ぐティナの手が止まった。
「・・・実体が、ない?」
「えぇ。どぉりで今まで何の気配もなかったわけだわ。まるで肉身がないんだもの。」
自室のソファに深々と座り、大魔女はテーブル上の大皿からエクレアを1つ、摘んで食べた。
オスカーが不思議そうに眉をしかめる。
「なんだ?盗人、幽霊なのか?」
「ちょっと違うわね。
なんて言うか、ファヴィク国で見たアレは・・・。」
説明しかけた大魔女は、少し迷って言葉を切った。
「明日にしましょ、話が長くなっちゃうから。
もうこんな時間だしね。」
窓から見える空は、もう茜色に染まり始めている。
壁掛け時計も夕方の時刻。さっきから時間を気にしてばかりいたティナが、妙にソワソワし始めた。
「あの・・・私、そろそろ、これで・・・。」
「ん?ティナ、帰るのか?」
オスカーが腰掛けていたスツールから立ち上がった。
「夕飯、食って行けよ。
今日は料理長特製のミートローフだぞ?」
「お止めなさい、オスカーったら。」
大魔女は悪戯っぽく笑って夫を止めた。
「休日前の夜に 恋人 がいる娘を引き留める?
そんな野暮なマネ、するもんじゃないわ♪」
「あぁ、ソラムと会うのか!」
オスカーもニッコリ微笑んだ。
弦楽器職人見習いのソラムは、ティナの恋人。
忙しい彼はなかなか休みが取れない。今日は久しぶりの逢瀬だった。
「す、すみません、こんな時に。」
ティナの頬が真っ赤に染まる。
彼女はスカートの裾をちょっと摘むと、恥ずかしそうにお辞儀した。
「明日また来ますね。
失礼します、お姉様、お義兄様。」
いそいそと部屋を出て行く末妹を、夫婦は微笑ましく見送った。
どうやらそれが間違いだった。
あんな事 になるなら無理に引き留め、ミートローフを一緒に味わうべきだった。
ティナは 消 え た。
城を出た後、行方不明になったのである。