魔女がドレスを着る時は
5.指輪の行方:ド田舎自警団冒険奇譚
温かい紅茶をカップに注き、少し冷ましてからソーサーに載せた。
それを大魔女の前にそっと置く。
テーブル上の水晶玉と向き合う姉の表情はとても険しい。ティナも眉を曇らせた。
「せっかく見つけたのにまた盗まれるなんて・・・。どういう事でしょうか?」
「わかんないわ。意味不明ね。」
大魔女は紅茶を一口飲んだ。
「ドレスもだけど、もっとわかんないのは装身具よ。ティアラも指輪もそれぞれ他の国にあるわ。どっちから回収しようかしら?」
「バラバラですね。なんでこんな事に?」
「何か意図でもあるのかしらね。それとも盗んだ輩に予期しない事故でもあったのか・・・。」
バタン、と大きな音がして、部屋の扉がまたしてもノック無しで開け放たれた。
走り込んで来たオスカーが、テーブルに持っていた書類をぶちまける。
「やったぞミシュリー! 見ろよ、この完成図!エコールの小学校は5階建てだ!」
「ホント?凄いじゃない!子供達も喜ぶわね♪ って、貴方何してんの?この時間は守護魔道士連絡会のはずだけど?」
「他の仕事もひっくるめて全部、寡黙な大臣に任せてきた。」
「・・・アンタ、鬼?」
「お前が言うか、その口で!!!」
ティナはこみ上げる笑いを堪え、新しいカップに義兄のための紅茶を注ぐ。
この夫婦の会話は互いにまったく遠慮が無い。
しかし今日は勝手が違う。妻側の機嫌が最悪だった。
「しょうが無い男ね、頼み甲斐ないんだから!
しかもまたノック無しで入ってきたわね?!いつになったら行儀ってヤツを覚えるのよ!」
「細かいヤツだなお前は~。そうカリカリすんなって!」
「ちっとも学ばないから叱ってんのよ! 城に来る甥っ子達がマネするでしょ?!止めてちょうだい!
あと名前! 人前で名前呼ぶなって何回言ったらわかるのよ! いい加減にして!!!」
・・・さすがにコレは言い過ぎである。
淹れたばかりの紅茶を運び、ソファに腰掛けたオスカーにティナはこっそり耳打ちした。
「す、すみませんお義兄様。今、ちょっとイライラなさってて・・・。」
「なぁに、気にしてたらキリが無い。元々口の悪いヤツだし、ご機嫌斜めの時にゃ八つ当たりだってするだろうさ。」
オスカーが茶目っ気たっぷりに片目をつむる。
陽気で元気で頼もしい。
いつも大らかで優しい義兄が、ティナはとても好きだった。
しかしやっぱりこの男、勝ち気な姉に負けてない。
世界最強の魔女の夫は一癖持ってる曲者だった!
「それにな、こんなヤツでも 寝室 じゃ、とぉっっっても 可 愛 ら し い んだぜ ♡♡♡」
意味がわからないほど子供じゃない。
ティナは頬を赤らめた!
「きゃーーーっっっ!? アンタ、ナニ言ってんのよーーーーーっっっ!!?」
大魔女の絶叫を背に受けて、オスカーはとっとと退散した。
紅茶のカップは持ち逃げされた。後で回収しなければならないだろう。
「ち、違うのよ! 今アイツが言ったのは、変な意味じゃなくってね!」
夫が言い捨てた戯言を、妻が必死に取り繕う。
顔は真っ赤で全身汗だく、慌てふためく大魔女の手足がアタフタばたついた。
「寝室では、あの、えっと・・・ト、トランプ!
2人で夜通しトランプしてンの、昨日はババ抜きで盛り上がったわ!!!」
「・・・あの、お姉様? 何もそんな苦しい嘘、つかなくたって・・・。」
「 バ バ 抜 き よっっっ!!!」
「はいっ!すみません!!!」
強く凜々しく時々過激。
でも根は純情で可愛い姉が、ティナはとっても好きだった。
---♡♡!---(^_^)---♡♡!---
偉大なる大魔女が末妹に、ババ抜きの楽しさを力説し始めたちょうどその頃。
ある小さな村の自警団詰所で、ちょっとした事件が起っていた。
「・・・痛ぇ・・・。」
パヴェナ・トラル共和国イル村自警団・ジャイル団長は、苦痛に耐えるため蹲った。
昨夜から詰所に籠もって寝ずの番をした夜勤明け。ちょっと朝日を浴びて来ようと、建屋から出て大きく背伸びをした瞬間だった。
スコーーーン!!!
もの凄い勢いで飛んできた「何か」が頭にぶつかったのだ。
結構強烈な衝撃だった。ジャイル団長は目から火花が飛び散る感覚を味わった。
「な、なんだぁ?!」
出来たてのたんこぶを摩りつつ、辺りをキョロキョロ見回してみる。
まだ早朝のせいか、誰もいない。朝靄に煙る村の家々は静まり返ったままだった。
ふと、足下に目線を落とす。
頭を奇襲したのはコレらしい。キラキラした物が転がっていた。
「コレは・・・指輪?」
厚みがある幅広の地金に見事な彫刻が施された、凝った造りの指輪だった。
しかもどうやら女物。一体どこから飛んできた???
(仕方ない。仕事の合間にでも持ち主を捜すか。)
謎の飛行指輪を上着のポケットに放り込み、ジャイル団長は踵を返す。
顔を洗ってシャキッとしたい。彼は洗面所に足を向けた。
流し台の前で鏡と向き合う。
ジャイル団長は己の顔に苦笑した。
(我ながら冴えん顔付きだなぁ。稼ぎも悪いし、こりゃ嫁さんが来なくて当然だな。)
三十代半ばで独り者。仕事は男所帯の自警団、女っ気なんてまるで無し。
性格も無骨で少々不器用。部下の信頼が厚いのだけが救いである。
さやぐれた気分でバシャバシャ乱暴に顔を洗う。
部下の1人が駆け込んで来たのは髭を剃ろうとカミソリを手にした時だった。
「団長ー! 大変っす、マジやべーっすよ!」
危うくカミソリを落とす所だった。
髭剃りは諦めなければならなかった。
---!?!---!?!---!?!---
なんでも、村長の家に 泥棒 が入ったそうだ。
詰所の居間兼食堂では、部下達がその話題で盛り上がっていた。
「すげぇ!こんなド田舎に泥棒が出た!」
「俺、ずっとこの村に住んでるけど、こんな事一度も無かったのに!」
「貧乏人しかいないのにな。ここ。」
騒ぎ立てるのも無理はない。ここは国境沿いの辺境地、正真正銘ド田舎なのだ。
村長の家に盗まれるような物が有ったというのも驚きだった。温厚でいい人なのだが、尻にツギを当てたズボンを履いてるような貧乏村長である。最近娘の縁談が決まったそうだが、その持参金を工面できるかすら危うい。
そんな家に泥棒が入った?
一体何を盗まれたのだろう?
「 指輪 だよ。 先祖代々伝わる家宝ってヤツだ。」
そう教えてくれたのは、村長の息子・カークだった。
盗難の一報を知らせに来たのも彼だという。詰所の居間でくつろいでいる部外者にジャイル団長は眉をしかめた。
カークは気さくで陽気だが、思慮浅くて楽天家。
オマケに少々根性曲がり。なかなか厄介な奴だった。
「いやぁ、困ってんだよね。アレがなきゃ、妹の縁談が破談になっちゃうかも知れないんだ♪」
カークの妹・テレーズは軽薄な兄とは正反対の内気で真面目な娘だった。
「指輪が無いと破談?なんだそりゃ?」
「相手が共和国議会議員の金持ち息子でさ、持参金も花嫁道具もいらないから、ぜひ指輪と一緒に嫁いできてくれって言われてんの。指輪、指輪って鬱陶しいくらいこだわってたんだよね。
その指輪がなくなっちゃったんだから破談だね♪ せっかくの玉の輿、もったいなかったかな? あっはっは♪」
・・・全然困ってるようには聞こえない。
むしろ楽しげにすら見える。カークを眺める団員達の目は、どれも一様に冷たかった。
「ナニ笑ってんだ!自分の家が大変だって時に!」
団員達が声を荒げた。
「指輪を取り戻さなきゃ!テレーズさんの為にも!」
「団長、村長の家に行きましょう!
何か犯人に繋がる手がかりがあるかも知れない!」
意気込む団員達が出掛ける準備をし始めた。
途端にカークが不機嫌になった。彼は露骨に顔をしかめ、小さな声でつぶやいた。
「いいんじゃない?行かなくても。ちっぽけな指輪だぜ?もう見つかンないって。」
「コイツ、妹の縁談がダメになりそうだってのに!」
「だぁってさ~。ゴニョゴニョゴニョ。」
言いにくそうに口籠るカークに苛立ちが募る。
団員達が無意識に、拳を握りしめた時だった。
「待て、お前ら。賊の正体はわかっている。」
「え?」
全員、一斉に振り向いた。
部下達の視線を一身に浴びるジャイル団長は、深く重たい吐息を吐いた。
居間の隅へと目を向ける。
そこにいるのは、粗末な木の椅子に腰掛ける浅黒い肌の若い団員。
彼は両手に顔を埋め、一人弱々しく項垂れていた。
「お前だな? ルー。」
ルーと呼ばれた青年がぎこちなく顔を上げ、まっすぐ団長を見つめ返した。
「・・・はい。すみませんでした・・・。」
村長の娘テレーズは、つい先日までルーの恋人だった。
罪に怯える青年を、ジャイル団長は痛ましげに眺めた。
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恋人の結婚をどうしても破談にしたかった、と、ルーは苦し気に白状した。
ただ、決して自分のためではないのだと、重ねて必死に訴えた。
「僕だってテレーズが幸せになるなら喜んで身を引きます。
でも、この縁談は何かおかしい。
まるで指輪を手に入れるためにテレーズと結婚するみたいじゃないですか!」
ルーの叫びは怒りと哀しみ、そして苦悩に満ちていた。
彼を見守る仲間達は、言葉を失い立ち尽くした。
確かにおかしな話である。
テレーズはなかなか器量良しだが、良家の子息がぜひ嫁に!と望むほどの美女ではない。
しかも指輪に執着し過ぎ。ルーが疑念を持つようにテレーズがオマケみたいに思えてくる。
「だからといって盗みの言い訳にはならない。わかるな?ルー。」
ジャイル団長はルーの肩に手を置き、労りを込めて握りしめた。
「一緒に村長の所へ行こう。なにもかも正直に話して懺悔するんだ。きっと許してくださる。」
ルーが戸惑いの表情を見せ、狼狽えた。
「す、すみません、実は指輪、もう無いんです。
盗んだ指輪を見てると堪らなくイライラしてきて、さっき外で闇雲に ぶん投げちゃった んです!
どこに飛んでいったかもわかりません。ぼ、僕はなんて事を・・・!」
ジャイル団長は苦笑した。
頭のたんこぶがズキズキ痛む。ついさっきまで忘れかけていたというのに。
ルーは村はずれの国境を越えたすぐ先の隣国から来た移民だった。
パヴェナ・トラル共和国は紛争や天災で行き場をなくした移民・難民を心優しく受け入れる。彼も隣国で起きた大きな紛争の犠牲者だった。
着の身着のままの有様で国境を越え、イル村に辿り着いたのは9年前。
当時まだ幼かったルーを、ジャイルは弟のように可愛がった。
・・・放っておけるはずがない。
ジャイル団長は努めて明るく笑い掛けた。
「心配するな。俺が何とかしてやるから。
ただし、後で1杯奢ってもらうぞ? 酒でも飲みゃ、たんこぶの痛みも少しはマシになるだろうからな♪」
「・・・たんこぶ???」
不思議そうに聞き返すルーを椅子から立たせ、背中を一発バシン!と叩く。
村長宅へ行く仕度を始めるジャイル団長に、仲間想いの団員達が次々にお供を申し出た。
そんな中。
「えっ? あれ? その、あの、えぇぇ???」
なぜかカークが狐につままれたかのように、妙にオロオロ狼狽えていた。
---?---(゜Д゜;≡;゜д゜)---?---
ジャイル団長と自警団の面々は、村長宅の狭い居間で全員そろって頭を下げた。
「・・・と、言うわけでして! 私の部下が、大変申し訳ございませんでした!!!」
パジャマ姿の村長が、寝ぼけ眼をパチクリさせる。
まさに「寝耳に水」といった顔で、素頓狂な声を上げた。
「ルーが指輪を?盗んだって? それ、本当なのか? ジャイル!」
「え?」
ジャイル団長は頭を上げた。
(息子は盗難に気付いたのに、その父親が気付いていない?なんだそりゃ?)
少々不審に思いつつ、上着のポケットから あの指輪 を取り出した。
「この通り指輪をお返ししますので、今回の事は大目に見ていただけませんか? 罰するというのなら、部下の監督不行き届きで私をお裁きください。」
「!? 団長!?」
悲鳴に近い声を上げたルーに優しく微笑みかける。
「この指輪だろ? お前が『闇雲にぶん投げた』のは。」
「は、はい!でも、どうしてそれを?」
ルーの唖然となった表情が可笑しい。
こみ上げてくる笑いを堪え、ジャイル団長は指輪を村長の前に差し出した。
しかし。
なぜか、村長は受取ろうとしない。
手のひらで煌めく指輪を眺め、困ったようにつぶやいた
「・・・いや、コレ、家宝の指輪と 違う んだけど???」
「・・・はぃ???」
思わずマヌケな声が出た。
---☆★★---★☆★---★★☆---
村長は指輪を手に取ると、珍しそうに観察した。
「コレはこの国の指輪じゃないな。表面の模様をよく見てごらん、他国の古代文字が彫り込まれている。」
「そんなはずは! 僕は確かにコレを盗んだんです!」
必死で自分の罪を訴えるルーに、村長は眉をひそめるばかり。
ルーが嘘を付いていないのなら、指輪は彼が盗み出すより前にすり替えられていた事になる。
いったい誰が? なんの為に・・・???
ジャイル団長は首を傾げた。
「・・・ごめんなさい。私がすり替えたの。 婚約を解消してもらいたくて・・・。」
澄んだ女性の声がした。
全員、弾かれたように居間の入口に振り向いた。
亜麻色の髪の若い女性が所在なさげに佇んでいる。
テレーズである。彼女は目に涙を浮かべ、憔悴仕切って震えていた。
「テレーズ?! お前、どうして!?」
さすがに驚く父親に、娘は悲し気に俯いた。
「指輪があの指輪じゃなくなったら、破談になると思ったの。だって、先方が私との結婚を望んでいるのは、指輪を手に入れるため なんですもの。
ごめんなさい、お父さん。こんな結婚、やっぱりイヤ! 私、ルーを愛しているの・・・!」
娘は両手で顔を覆い、肩を震わせ泣き出した。
---♡☆♡---(/_;)---♡☆♡---
静かに咽び泣くテレーズに、ルーが寄り添い肩を抱く。
(やれやれ・・・。)
ジャイル団長は苦笑した。
若い2人の「犯罪」に朝っぱらから振り回された。
本物の指輪はテレーズが持ってるのだろう。コレにて一件落着である。
(いや、まだだ。)
ジャイル団長は村長と向き合った。
「村長、どうかルーの事を認めてやってください。
コイツにゃ金も地位もありませんが、とても生真面目な良い奴です。2人の想いをわかってやってもらえませんか?
この通り、頼みます!!!」
可愛い部下とその恋人のため、再び頭を深々と下げる。
「お、お願いします!!!」
ルーも慌ててジャイル団長の横に駆け込み、勢いよく頭を下げた。
仲間達も後に続く。団員達が次々と駆け寄り、全員揃って腰を折る。
テレーズも涙を拭いて顔を上げた。
「お願い、お父さん・・・。」
「・・・。」
しばしの間村長は、必死の面持ちで懇願する一同を黙ってじっと眺めていた。
やがて気難し気だった彼の顔が、次第に和らぎ綻び始める。
「負けたよ。君たちには。」
優しく微笑む村長が、ため息混じりにつぶやいた。
「ルーは正直で誠実な若者だ。娘婿に申し分ない。 テレーズの婚約は解消しよう。2人で幸せになりなさい。」
ワッと団員達が喜びに湧いた。
ジャイル団長も歓喜した。しかしその一方で、妙な不安が心をよぎる。
「コラコラ、まだ喜ぶな。先ずは先方と話し合わにゃならんだろ!」
抱き合うルーとテレーズを冷やかしはしゃぐ団員達が、ハッと目を剥き静まった。
「た、確かに。国議会議員は気位が高いっていうからなぁ。何事もなく婚約解消してもらえるかな?」
「そもそも、ホントに指輪が欲しいんだったらそう言って来りゃいいんじゃね? なんで縁談持ち掛けるくるのさ?」
「なんか、意味あるのかな? 何なんですか?その家宝の指輪ってのは???」
団員達が騒ぎ始める。
それを見ていた村長が、淋しそうに微笑した。
「・・・いずれ、村人達にはキチンと説明するつもりだったんだが。」
そう言って微笑む彼は、なんだか泣き出しそうだった。
「あれは、『契約の指輪』なんだ。
我が家のご先祖がこの地を護る精霊と 特別な約束事をした証 なんだよ。
『地の契約』と呼ばれる魔法でね。地の精霊の力を享受する代わりに、その地に住まう者達を護り導く責が課せられるんだ。
本来は土地のどこかに『契約の魔法陣』を刻み、その上に祠を建てて祀らなきゃならん。
でもこんな小さな村じゃ、魔法陣を護る祠だなんてとてもじゃないが建てられない。それでご先祖様は地の精霊に頼んで、契約の証を 小さな指輪 にしてもらったんだそうだ。
我が家は代々、家宝としてその指輪をずっと大事に護ってきたんだよ・・・。」
「!? 待ってください! それじゃ、テレーズの縁談は・・・!?」
村長の話に恐怖を覚え、ジャイル団長は口を挟んだ。
もし、テレーズが国議会議員の息子に嫁げば、婚家は契約者一族と縁ができる。
『契約』の譲渡が可能になるのだ。指輪と一緒に嫁いで来いと言った理由はそれだろう。
これが意味する事は一つしか無い。
「隣国の内紛が激化しているそうだ。この国にも戦火が飛び火しかねないほどに。」
俯いたままの村長が、重々しい声で説明した。
「共和国国議会は国境沿いのこの村を 直轄地 にしようとしている。
軍隊 を置こうと考えているんだろう。そうなると今まで通りの暮らしは出来なくなるね。
隣国の紛争が広がれば、国境沿いのこの村も醜い争いに巻き込まれる。私と君達自警団だけじゃとても守りきれない。仕方がない事なんだ・・・。」
議員一族を「契約者」にして、「地の契約」ごとイル村を国の管理下に置き軍用地化する。
それが共和国国議会の目論みなのだ。
「・・・そんな!」
ジャイル団長は絶句した。
ルーや団員達も言葉を失い、ただ愕然と立ち尽くす。
村長が再び微笑した。
その微笑は淋しそうでも、娘を想う深い愛情で溢れていた。
「国議会がある共和国首都には優秀な魔道士や魔女がたくさん居る。結婚しなくても『契約』を譲渡できるかどうか、その人達に相談してみよう。」
「ありがとう、お父さん・・・。」
テレーズが無理して微笑んだ。
彼女はスカートのポケットに手を入れ、取り出したものを手のひらに乗せる。
それは、華奢な造りの小さな指輪。
金と白金を取り混ぜた台座で色とりどりの宝石が輝く、洒落た造りの指輪だった。
「ルーが金庫から盗んだ指輪は、私が旅の小物売りさんから買ったものだったの。
本物の指輪を返します。本当にごめんなさい!」
「・・・。」
娘の手の中で輝く指輪を、村長は無言でジッと眺めていた。
本物の指輪が返ってくれば、一先ず事件は一件落着のはずである。
しかし・・・。
「・・・いや、テレーズ? この指輪も 違う んだけど???」
「・・・はぃ???」
再びマヌケな声が出た。
今度はジャイル団長だけなく、全員の口から一斉に。
---△▼△---∑(゜ロ゜)---△▼△---
考えるより先に身体が動いた。
逃げ出そうとするカークを捕まえ、床の上に押さえ込む!
「ぎゃーっ!ゴメンナサーイ!」
「謝る前に説明しろ! なんで逃げようとした?知ってる事を話すんだ!」
語気を荒げるジャイル団長に、へつらうようにカークは笑う。
逃げられないと悟った彼は、ゴニョゴニョ白状し始めた。
「いや、あの指輪がそういうモンだってのは知ってたんだけどさ。
アレのお陰で妹、国議会議員の息子と結婚させられちゃうんでしょ?好きでもないのにさ。
だったら指輪がそういうモンじゃなくなっちゃえば、破談になるかな~、なんて♪ 別に玉の輿になんか乗らなくたっていいじゃん!都会は怖いトコロなんだしさ。ね?♪」
ジャイル団長は頭痛を覚えた。
つまり、カークは妹の結婚を嫉んだのだ。
お金持ちの名家に嫁ぎ、都会で優雅に暮す妹。
それに引き替え自分は村長家の跡取り息子。辺境地のド田舎村で一生暮す事になる。
どうしてもそれが許せない。コイツはそういう男である。
「やる事が兄妹だな。お前も指輪をすり替えたのか・・・。」
ならば、自警団詰所で家の受難を楽しげにペラペラ語ったのも頷ける。
すり替えた指輪が盗まれた。お陰で自分の犯行がバレずに済む。
縁談だって無くなるだろう。高笑いが止らなかったのに違いない。
「いやぁ、何だかすり替えるのに丁度いいカンジの指輪が落ちてたモンで。綺麗でしょ?その指輪も。」
「バカ言え!とにかく本物の指輪を返せ!持ってるんだろ?!」
「え?あ、イヤ、その・・・。」
露骨に狼狽えるカークの様子に戦慄した。
指輪の行方が推して知れる。ジャイル団長は怯えるカークを鬼の形相で睨み付けた。
「さてはお前、『契約の指輪』を 売 り 飛 ば し た な ??!』
ヘニャッとカークが笑み崩れた。
肯定を誤魔化すお愛想笑いに、怒りを覚えた時だった!
「・・・はあぁ?! ナニやってんのよ冗談じゃないわ!!!」
横合いから吹っ飛んできたのは凄まじい怒声。
突然現れた若い女性が、ジャイル団長の手からカークをもぎ取り、胸ぐら掴んで怒鳴りつけた!
「売った?! 指輪を?!! 無断で?!!!
ちょっとアンタ、『地の契約』をなんだと思ってんのっっっ!!?」
・・・見た事ない女性である。
燃えるような赤い髪。挑むような鋭い目。
金のローブ姿から「魔女」と呼ばれる存在のようだ。
突然現れた赤毛の魔女は、なぜか超絶に怒っていた。
「精霊が『契約』してくれるのは、契約者とその一族を愛して信頼してるから!
大事に思ってくれてるからこそ、必死で護ってくれてたの! だからこの村、すぐ隣に紛争まみれの国があっても今まで無事でいられたんでしょーが!恩知らずにもほどがあるわ! 地の精霊、カンッカンに怒ってんのよ?!
もう何があっても絶対助けてやんないって、ブンむくれちゃってんだからね!!!」
怒り心頭の赤毛の魔女が、カークをガクガク揺する。
呆気に取られて眺めていると、ジャイル団長もまた魔女にガッチリ捕まえられた。
「アンタ、自警団団長だったわね?! 一個小隊揃ってんでしょ?全員連れて付いて来て!」
「へ? つ、付いていくって、いったいドコに?!」
「いいから黙って一緒に来なさい! 一刻も早く指輪を取り戻さなきゃ、地の精霊にお詫びもできないでしょ!
あぁ、そうそう!そこの娘さん、テレーズっていったかしら? アンタが持ってるその指輪、ウチの国の国宝なのよ。後で取りに来るから持っててちょうだい! 頼んだわよ、ヨロシクね!
・・・行くわよアンタ達! ほら気を引き締めて!」
声を掛けられた団員達が、顔を見合わせ狼狽える。
「ちょ、待ってください、すみません!」
「おねーさん、いったい何者ですか?!」
「どーでもいいわよそんな事!急いでんのがわかんない?!」
「イヤ、メッチャ大事なんですが!?・・・って、ぎゃー!!?」
キィン!
何かが弾ける音と共に、魔女とイル村自警団は全員綺麗に消え失せた。
村長宅の小さな居間が、瞬時にしぃんと静まり返る。
取り残された村長父娘は、何が何だかサッパリわからず茫然自失で立ち尽くした。
---★○☆---( ゚0 ゚; )---★○☆---
カークが指輪を売った相手は、赤毛の魔女が魔法を駆使して突き止めた。
相手はヤリ手の悪徳商人共だった。金を返すと言ったところで、素直に従うわけはない。
「時間が惜しい」とのたまう魔女は、実力行使の暴挙に出た。
なぜか戦う羽目になったイル村自警団有志達。結構派手な修羅場を乗り越え、なんとか「契約の指輪」を奪還できた。
これで終わりと思いきや、キィン!と首飾りが高らかに鳴って、気付けばなんと土の中。
イル村近辺の森の下。
土と木の根で築かれた立派な宮殿、それがイル村を護る 地の精霊 のお住まいだそうで・・・。
『ナニしに来やがったゴルァーーーっっっ!!!』
「地の契約」を疎かにされ激怒している精霊に、鬼の形相で追い回された。
壮絶な恐怖を味わったが、赤毛の魔女の取りなしもあり何とか許していただけた。
ただしカークは許されなかった。当分地の精霊の宮殿に囚われ、下働きして罪を償う。
この精霊は人使いが相当荒いと、赤毛の魔女が言っていた。これで彼の根性曲がりが少しは治ればいいのだが。
「じゃ、私はこれで。 後はアンタ達でしっかりやンのよ!」
赤毛の魔女はイル村自警団をパヴェナ・トラル共和国の首都にある 共和国国議会議事堂 に連れてきた後、パッと一瞬で消えてしまった。
「転移魔法」というのだそうだ。ほんの一瞬で目的地に移動出来る便利な魔法で、村長宅の居間から連れ出された時もその魔法を使用したという。
とんでもない場所に置き去りにされた。泡を食ってオロオロしてると、当然警備員に連行された。
しかもなぜか国議会議員が集まる議員議場に連れて行かれた。
事の顛末一部始終をこの場で詳しく話せと言われ、心の底から驚いた。
「そうか。それであの魔女様が現れたのか・・・。」
ジャイル団長の話を聞いた国議会議員達は、全員深く吐息を付いた。
「あの魔女様は地の精霊よりも恐ろしい。我が国は彼女の国から魔法支援を受けている。不興を買うのは得策ではない。」
「気性の激しいお方でな、テレーズ嬢の婚約についてもしっかり物申して行かれたよ。」
「その後、何が起ったと思う? 隣国の紛争が沈静化したよ。どうやらあの魔女様が仲裁に入ったようだ。」
「全面的な和平は難しいだろうが、戦火が広がる事は当面無い。」
「安心したまえ。イル村直轄地化は全会一致で廃止になった。」
「当然、今回の縁談も白紙になる。イル村は今まで通り、君達が護って行きたまえ。」
本来ならば狂喜乱舞する所。
しかし疲れ果てたジャイル団長は、力無く笑う事しかできなかった。
---●●●---\(^O^)/---●●●---
嵐のような1日だった。
心身共にヘトヘトである。ジャイル団長は回廊の支柱にもたれ掛かり、ぼんやり辺りを見回した。
パヴェナ・トラル共和国の 共和国国議会議事堂 は、由緒ある建築家が建てたと言われる荘厳な造り。まるでどこかの宮殿のようだ。
小高い丘の上に建つ「宮殿」は、2階の回廊から見える景色も絵画のように素晴らしかった。
(かの国の偉大なる大魔女様、か。まさかそんな大物に出くわすとはね。)
ジャイル団長は苦笑しつつ、首都の街並に目を向けた。
暮れなずむ空は茜色に染まり、どこまでも家々の屋根が続く。
カークが憧れた都会の景色は洗練されて美しく、活気に溢れて賑わっているが、どこか堅苦しくて 窮屈 だった。
(根っからの田舎モンにゃなじめん所だ。指輪も取り戻したし、とっととイル村に帰ろう。・・・そうだ、そういえば。)
ふと思いだし、上着のポケットに手を入れる。
取り出したのは、最初の指輪。
頭にたんこぶを作ってくれた、古文字が掘られた指輪である。
テレーズに返そうと思っていたが、「もう要らない」と言われてしまった。
彼女は父親と一緒にイル村から駆け付け、「契約の指輪」を携えて一足先に帰っていった。
国議会議員の息子との婚約は無事解消された。テレーズはルーと結婚する。もしかしたら、ルーが村長の跡目を継ぐ事になるのかもしれない。その方がいい。きっと地の精霊も真面目で誠実な婿養子を祝福してくれるだろう。
(この指輪、どうするかな? 俺が持っててもなぁ・・・って、あっ!?)
無骨で不器用な男の手から、指輪がコロッと転がり落ちた。
指輪はキラキラ光って回廊の外へ。
すると下から小さな悲鳴が聞こえてきた。
「・・・きゃ?!」
(マズイ、人に当たった!?)
回廊の下は小さな中庭になっている。そこへ行くには議事堂内をグルリと迂回しなければならない。
ジャイル団長は大慌てで掛け出した。
---♪♡♪---♪♡♪---♪♡♪---
中庭に辿り着いたジャイル団長は、思わず立ち止まり息を飲んだ。
さっき自分が居た場所のちょうど真下に、娘が1人佇んでいる。
遠い異国の者のようだ。髪や瞳の色合いがこの国の者とは全然違う。
手にした指輪をジッと見つめて涙ぐんでいる。
その姿はたおやかで可憐。夕暮れ時の静けさの中、どこか神秘的ですらあった。
娘がハッと顔を上げた。
「あの、これ、貴方の指輪ですか?」
「も、申し訳ない、上から落としてしまいまして。大丈夫でしたか? あの、泣いて・・・?」
「あ、いえ、違うんです。急に落ちてきて驚きましたけど、痛かったワケじゃありません。」
気遣うジャイル団長に、娘がふわりと優しく笑う。
花のような微笑だった。
「指輪に刻まれてる文字を見て、つい・・・。
私の故郷の古文字ですわ。古い詩の一節が刻まれてるんです。
懐かしいわ。国を出てからいろいろあって、すっかり忘れてしまってたから・・・。」
(そうか、この人も・・・。)
胸が痛んだ。
ルーの顔が脳裏に浮かぶ。彼もまた隣国で燻る戦火を逃れて村に来た。
ルーにとって異国の暮らしは決して楽では無かった事を、ジャイル団長は知っている。
だから、つい言ってしまった。
遠き故郷に思いを馳せる娘に微笑みかけながら。
「差し上げますよ、それ。」
「えっ?!で、でも・・・。」
「受取ってください、ぜひ。不躾ながら貴女には、幸せになって欲しいんです。」
「・・・。」
格好付けてはみたものの、猛烈に恥ずかしくなってきた。
ジャイル団長は取って付けたような一礼を残し、踵を返して歩き出す。
「あ、待って、お名前を!」
慌てて呼び止める娘の声に、かつてないほど後ろ髪を引かれた。
しかし振り返る事はしなかった。
( ルーやテレーズと同じ歳くらいの、まだ若い娘さんだ。
俺みたいなオッサン、お呼びじゃないさ。名乗るほどのモンじゃないってヤツだ。
うん、いいね!俺って奥ゆかしい!♪)
ヘタレを隠してダンディ装い、無意味に自分を賞賛した。
そのまま立ち去ることができれば、確かに格好良かっただろう。
しかし。
そうは問屋が卸さなかった。
「だんちょー! ジャイル団長、どこっすかー!?」
「おい、こんな広い所なんだからさ、もっとキチンと呼んだ方がよくね?」
「おぉそうか!
そろそろ村に帰りますよー! サミュエル・ジャイル 団長殿ー!」
「イル村自警団の、ジ ャ イ ル 団 長 ーーーっっっ!!!」
ダンディズム台無し。
ジャイル団長は全速力で駆け出した。
そしてしつこく名前を連呼する部下達の元へ駆け付けると、彼らを思いっきりど突き倒した。
---♡☆♡---(^0^)---♡☆♡---
(サミュエル・ジャイル。イル村の・・・。
優しい方。部下の皆さんにとても慕われていらっしゃるのね・・・。)
娘はその名を心に刻み込んだ。
ジャイル団長が知る由もないが、彼が娘にした事は、娘の国では 求婚。
男が女に指輪を贈る。それだけでもう ロマンチック で 熱烈 な 愛の告白 だったのだ!
そうとは知らずに指輪をくれたと、娘もよくわかっている。
それでも彼女はもらった指輪を、そっと指にはめてみた。
もちろん、左の薬指に。
金の指輪は娘の指になじみ、とても美しく煌めいた。
「まぁ!ピッタリ・・・♡」
娘はニッコリ微笑んだ。
金の指輪に刻まれた、遠い昔の詩の一節。
その意味は、
「私は貴女と巡り会う為この世に生まれ、
貴女は私と共に生きる為ここに居る」・・・♡
娘が指輪と共に旅立ったのは、今日この時より数日後。
彼女は慎ましやかで気立ても良いが、狙った獲物は逃さない素敵な根性も持っていた。
ついでに年上・ひげ面が好み♡ 渡りに船とはこの事だ。
国境沿いの小さな村で執り行われた 結婚式 は、それは盛大だったという。
村を護る地の精霊も祝福してくれたのだろう。
その年取れる農作物は例年になく豊作だった。
---♡♡♡---♡♡♡♡♡---♡♡♡---
「テレーズが悪いんじゃないわ。
あの娘は『古の魔女の指輪』を、肌身離さず持っててくれてたそうよ。」
イライラ歩き回りながら、大魔女はつぶやいた。
「なのに、気が付いたら無くなっていた。
また盗まれたんだわ!やってくれるわね、絶対とっ捕まえてやる!」
パヴェナ・トラル共和国から自室に戻ってから、ずっとこの調子である。
ティナがコーヒーを淹れて来た。
マグカップから立ち昇る芳醇な香りがささくれた心を和ませる。ソファに座って書類に目を通していたオスカーも、温かいコーヒーを一口飲んで幸せそうに吐息をついた。
「敵さん、なかなかの手練れだな。一応言っとくけど無茶すんなよ?」
彼は傍に投げて置いていた上着を手に取り、立ち上がった。
「例の国の和平調停会合には、俺が行った方が良さそうだな。
なぁに、大魔女の国が仲介するんだ。何をいがみ合ってンだか知らないが、紛争はもう起きないさ。
その後、ラーシェンカの街に寄るから帰りはかなり遅くなる。あそこの守護魔道士が、ドルア山に噴火の兆しがあるって言って来てんだ。」
「えっ?・・・ごめん、知らなかった。」
大魔女は夫の方に振り向いた。
ドルア山は活火山。
標高はあまり高くないが、一度噴火すれば街にかなりの被害が出る結構厄介な山だった。
「悪いわね、最近いろいろと任せっきりで。こっちがこんなに手こずるだなんて思わなかったのよ。」
「気にすんな。早く犯人とっ捕まえて盗まれたモン取り戻さないとな。」
屈託のない笑顔が頼もしい。
感謝を込めて微笑み返すと、夫は片目をつむって見せた。
「そんなワケだから、今夜の ト ラ ン プ は おあずけ だ。悪いが先に休んでてくれよ?♪」
「・・・とっとと行って来ぉーーーいっっっ!!!」
ぶっ飛んできたクッションをヒラリとかわし、オスカーは和平会合に出発した。
今度はマグカップを持ち逃げされた。また回収しなければならないだろう。
末妹相手に口にした苦し紛れの戯言を、こっそり聞かれていたらしい。
肩で息する大魔女は、顔から火が出る思いだった。
彼と結婚してからこんな風にやられっぱなし。思い起こせば一緒に過ごした子供の頃もそうだった。
ワザと、意図的にからかっているのだ、照れて恥じらい取り乱す大魔女の姿を見るために!
「もしかして 私・・・。 手 玉 に 取 ら れ ち ゃ っ て る・・・???」
「気付くの遅いです、お姉様。」
ティナが笑いを堪えて突っ込んだ。
何も言い返せない。
末妹を睨む代わりに、魔法の水晶玉へと目を向けた。
テーブル上の水晶玉は、古の魔女の ティアラ の行方を写し出していた。