魔女がドレスを着る時は
9.ティナ
「火」の魔法は使えない。
魔法が生み出す炎などより地熱が高い。
地面の裂け目を流れる溶岩のお陰で洞窟内は、まるで高炉のようだった。
「水」の魔法も使えない。
使えばたちまち、洞窟そのものを吹っ飛ばす。
火山内部で水蒸気爆発など起こしてしまえば、目も当てられない事になる。
魔力の高い魔女と魔道士、2人の激しいぶつかり合いは、悪条件が幾重にも重なる非常に厳しい戦いになった!
(まずいわ、噴火が近い!)
敵が放つ黒い風の鋭利な刃を華麗にかわし、大魔女は山の状態を素早く探る。
さっきから地鳴りと地震の頻度が高い。地面の温度もかなり高くなっている。
ほんの一瞬、火山麓のラーシェンカの街に思いを馳せた。そこに僅かな隙が生じ、敵が放った漆黒の刃が大魔女のローブを切り裂いた!
(・・・お姉様っ!?)
「水晶の檻」からティナが叫ぶ。
大魔女は身を翻して影の魔道士から距離を取り、すかさず光弾をお見舞いした!
パァン!
清浄の光球が敵を撃つ!
影の魔道士は大きくよろめき、退避した。
「大丈夫よ、ティナ。」
必死な面持ちの末妹に、大魔女は優しく微笑んだ。
改めて被害を確認する。金のローブはザックリ裂かれ、見るも無惨な有様だった。
「何してくれんのよ!このローブ、仕事着なのよ!」
(・・・戯言を!)
影の魔道士が忌々しげにつぶやいた。
(その余裕がいつまで持つか。
この灼熱を無効にする防御魔法を自身に掛けながら戦うのだ。魔力がそう保つまいに!)
「そっちは熱くてもあまり関係ないのね、実体が無いから。
でもお生憎様!これくらい不利があった方が、アンタ相手には丁度いいわ!」
大魔女は大きく右手を振った。
白い光の風が渦巻き、影の魔道士に襲い掛かる!
影の魔道士もまた、闇の力を疾風に込めて大魔女目がけて解き放った!
パァン!
真っ向から激突する2つの魔法は、光の力が僅かに勝った。
(・・・うっ!?)
影の魔道士は苦痛に呻き、ガクッとその場に跪いた。
---★★★---☆☆☆---★★★---
大魔女は手のひらに「水晶の檻」を作り出した。
「さあ!観念なさい、幽霊まがいの影野郎!」
(・・・我を閉じ込めて、何とする?)
「教えてあげるわ、真実を!
アンタがやろうとしていた事が、どれだけ馬鹿げているかを知るといいわ!」
(・・・。)
影の魔道士は押し黙った。
しかし俯いていた闇色の顔を上げた彼は、無い口を歪め笑っていた。
勝ち誇ったような、嘲笑。
その気配を察した大魔女は、手のひらで光る「水晶の檻」を握りつぶした!
「アンタ、何する気?!止めなさい!」
制止の言葉より一瞬早く、影の魔道士が魔法を放つ!
両手を熱い地面に突くと、不吉な呪文を短く唱えた!
(地鳴動烈破術!?)
ファヴィク王国でゴルバが使用した魔法である。
大地を切り裂く攻撃魔法で威力は絶大、すかさず地を蹴り、後方へ逃げる。
同時に、右手を大きく振って魔力を放ち、その魔法を打ち消した。
しかし影響は防げなかった。尋常ではない地鳴りと共に、地面が大きく揺れ始めた!
「噴火する?!なんてコトすんのよ・・・!?」
再び影の魔道士を見据えた時、大魔女は自分の目を疑った。
闇色の手が魔法を放とうとしている。
大魔女を狙って突き出す右手に漆黒の刃が不気味に光る。
左手は真っ直ぐ横方向、やや上向きに構えている。
伸ばされた手が狙っているのは、宙を漂う大きな水晶。
大魔女は驚き思わず叫ぶ!
「『水晶の檻』を解除する気?!
やめて!あの娘は魔法を使えないのよ!?」
(その通りだ、紛い物の魔女よ!)
影の魔道士が嘲り笑う!
(この灼熱では檻から出せば一瞬たりとも命は無い!
しかも噴火が起れば何とする?
この規模ならば麓の街などほんの一刻も保つまいて!!!)
「この鬼畜!ティナは『器』じゃなかったの?!
アンタにとっても大事でしょ?!」
(ならば、何とかして見せよ!
大魔女を騙る紛い物よ!!!)
身の毛がよだつ哄笑と共に、影の魔道士が魔法を放つ!
追い詰められたこの状況で、でき得る事は限られていた。
(ティナを護って!首飾り!!!)
大魔女の首飾りが発する守護魔法に祈りを込めて、引きちぎるようにして首から外す。
そしてティナが捕らわれている「水晶の檻」へと思いっきり投げ付けた!
同時に、自分に迫る闇の刃を光弾放って迎撃し、全精神力を集中させて地面に魔力を注ぎ込む!
もどかしいほど長い一瞬だった。雄叫びを上げようとしていた火山は、ほんの少しだけ鎮まった。
過度の魔力放出は身体に大きな損傷を残す。
大魔女はその場に頽れた。
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(見事だ。紛い物よ。)
影の魔道士は立ち上がり、満足そうに頷いた。
(思惑通り動いた事を褒めてやろう。
我が悲願は成就した!
古の魔女様の 復活 だ!!!)
そんなバカなと思いつつ、頭をもたげた大魔女は、再び目を疑った。
ティナが「水晶の檻」から解き放たれている。
流れる溶岩から立ち昇る熱風に、金の髪を豊かになびかせ宙に佇み浮かんでいるのだ。
ドレスを纏い指輪をはめて、頭上に輝くティアラをはめた彼女の首には、引きちぎったはずの首飾り。
「大魔女の首飾り」は魔力を持たない妹の胸で、清らかな光を放っていた。
(ティナ!?)
大魔女は狼狽えた。白く眩しい光に包まれ宙を漂う妹は、いつもの彼女とはまるで違う。
別人のように神々しい。かつて古の魔女と呼ばれた女性もかくや、と思える美しさだった。
(おぉ・・・!我が主、古の魔女よ!)
影の魔道士が両手を高く差し伸べた。
(この日をどれだけ待ち侘びたか!
さぁ、参りましょう!もう片時もお側を離れません。
今度こそ、幾久しく添い遂げましょうぞ!)
喜びに震える影の魔道士の、愛を乞うにも似た言葉。
しかし。
洞窟の高みに浮かぶ古の魔女と呼ばれた娘は、大きな瞳を曇らせた。
憐憫を込め首を振る。
縦 ではなくて、小さく 横 に。
「いいえ。
私は 古の魔女 ではありません。」
影の魔道士のわななく両手が、引き攣ったように固まった。
「ティオラ・ティオーレ・ティシリーア・ティナ。
大魔女ミシュリーの 妹 です!」
影の魔道士は、膝からガックリ崩れ落ちた。
愕然となる彼の耳を、凛とした声が打ち据える!
「だから、できっこないって言ったでしょ!」
パキーン!
光が影の魔道士を包み込んだ!
(おぉお!!?)
絶叫は透き通った壁に当たって虚しく弾き返される。
「水晶の檻」。
今度は影の魔道士が、罪人として囚われる番だった。