魔女がドレスを着る時は

2024年4月2日

ド ォ ーーーーー ン !!!

ドルア火山が放った号砲は、国の隅々にまで轟いた。
王都の城では、娘の受難を憂いて騒ぐ大魔女の母が、飛び上がって驚きすっ転んだ。
大魔女の姉は人騒がせな母親を介抱しながら、泣き叫ぶ甥っ子怪獣達を必死で宥めなければならなかった。
大魔女不在時に起った緊急事態に、寡黙な大臣が対応を代行。無口な彼が血相変えて、部下にキビキビ檄を飛ばすのは極めて異例な事だった。
多くの国民が何が起ったのか把握できずに狼狽えた。
やがてドルア火山巨大噴火の第一報がもたらされると、人々は大いに驚いた。
誰もが恐れ戦き、噴煙高く上がったであろう空を見上げた。
しかし。
人々の不安や懸念をよそに、風穏やかな空はどこまでも青い。
まるで何事もなかったかのような、雲一つ無い 快晴 だった。

---♪♪♪---☆☆☆---♪♪♪---

日差しが柔らかくて気持ちいい。
吹き渡る風もとても爽やか。澄み切った空の清々しさが疲れた身体と心を癒やす。
大魔女は大きく深呼吸すると、傍らの末妹に微笑みかけた。
「やれやれ。これにて一件落着、かしら。」
「そうみたいですね。よかった♪」
ティナも明るく微笑み返す。
ちょっとはにかんだその笑顔は、いつもの彼女のものだった。

2人は今、空中に居る。
宙に描かれた「浮遊魔法」の魔法陣。その上に並んで座り、空の青さを楽しんでいる。
風に遊ばれる髪をなんとかまとめようと奮闘しながら、ティナが姉を賞賛した。
「お見事です!あんなに凄い噴火だったのに、まったく被害が無いなんて!」
「そうね。でもこれで本当に良かったのかしら?」
大魔女は空から地上へ目線を落とし、小首を傾げて苦笑する。

「ドルア火山、無くなっちゃったわよ?」

2人が乗る魔法陣。その真下に広がる景色。
近年例を見ないほど大噴火した、ドルア火山がそこには、無い。
キレイに消え失せている。代わりにあるのは、とてつもなく深くて広くて大きな「穴」。
地下のマグマ溜まりごと消えた山は、巨大な穴に姿を変えた。
しかももう地下から水が染み出し底に溜まり始めている。近い将来、この場所は広大な 湖 になるのだろう。
果たしてこれでよかったのかどうか、今はまったくわからなかった。
「生き物達が暮らせる環境を整える必要があるわね。
ラーシェンカの街の人達に頼もうかしら?もう火山の噴火に怯えなくて済む事だし。」
「この辺りは気候もいいから、湖の畔に木を植えたらとてもよく育つでしょうね。
きっと生き物達がたくさん暮す自然豊かな森になるわ。素敵な場所になりますね!」
姉妹は顔を見合わせ笑み交した。

かなり長いこと頑張っていたが、結局うまくいかなかったらしい。
ティナは髪をまとめるのを諦めた。金糸の髪が風に舞い、日差しを弾いてキラキラ光る。
まだいにしえの魔女のドレスを纏い、指輪やティアラを身につけたまま。しかし、その姿からはもう魔力の漲りは感じられない。
再び人間になった妹に、大魔女はさりげなく聞いてみた。

「よかったの?魔力、全部失って。
魔女のままだったら、悩んでる人や困ってる人の力になってあげられたのよ?
貴女が 13番目の魔女 だった時みたいに。」

かつて、強大な魔力を持っていた ティナ=13番目の魔女。
彼女はその魔力を魔女として華々しく活躍するのではなく、悩み苦しむ人達にそっと手を貸す、小さな魔法を掛けるためだけに使い続けた。
例え再び魔女になっても、彼女は変らずそうし続ける。
ティナは、そういう優しい娘。
生涯人を救い続けたいにしえの魔女もかくやと思える、慈愛に満ちた少女なのだ。

「はい。私はこれでいいんです。」

即答だった。
ティナは首を振る。今度は縦に、しっかりと。

「子供の頃は何もわかっていませんでした。
私の中にはとても強い魔力がある。姉妹の中で一番強い魔女だって言われても自覚なんてでなかったわ。私、魔法で困ってる人の手助けができれば、ただそれでよかったんですもの。
でも、今はよくわかります。
強すぎる魔力は恐ろしいわ。何の覚悟も無い私じゃ、きっと使いこなせません。
魔法が使えなくても、今の私にできる範囲で皆さんのお役に立とう思うんです。
まだ失敗の方が多いんですけど・・・。」
着慣れないドレスに苦労しながら、ティナが体勢を代えて大魔女の方に向き直る。
風にはためくスカートの裾を軽く摘まみ、彼女は優雅に頭を下げた。

「この度は危ないところをお助けいただき、有難うございます。
偉大なる大魔女様・・・!」
「お姉様、とお呼びなさい!
妹に手を出した痴れ者をとっちめただけよ! 今更変にかしこまるんじゃないの!」
「はい、お姉様。
本当に、ありがとうございました!」

恥ずかしそうにティナが笑う。
内気で控えめで恥ずかしがり屋。でも聡明で優しい末妹が、大魔女はとても好きだった。

「 ティナ ーーー !!!

地上から聞こえる懐かしい声に、ティナが弾かれたように振り向いた。
魔法陣の縁から身を乗り出すようにして、声の主を必死で探す。
ドルア火山があった場所から少し離れた丘の上。ラーシェンカの街が一望できるその場所に、オスカー達の姿が見えた。
影と戦う大魔女を人知れず助けた3人の勇者。
魔法陣を見上げる彼ら顔は、晴れやかな笑みで輝いていた。

「・・・ ソラム !!!」

ずっと気丈だったティナが泣いた。
地上で手を振る恋人の姿に、大粒の涙を流して子供のように。
そんな末妹の背中に手を添え、大魔女は浮遊魔法の呪文を唱える。
可愛い妹の心を奪った少年。彼への嫉妬を少しだけ込めて。
優しく前へ押し出すと、ティナの体が宙に舞った。
ドレスの裾をはためかせ、真っ直ぐ恋人の元へ降りていく。
その姿が あの日 の姿と重なった。
ソラムが「禁忌の呪文」を唱えた時の、まだ幼かったティナの姿に。

魔女の名前は「禁忌の魔法」。
他人に名前を呼ばれた魔女は、魔力を失い人になる。
ティナが魔女ではなくなった日から、もう4年の月日が経った。
あの日の2人は子供だった。
通い合った想いに恥じらい、せっかく繋いだ両手もすぐに放して照れていた。
今は違う。2人は4年分だけ成長した。
逞しくなった少年の腕がティナをしっかり抱き留める。
固く抱き合う恋人達に、大魔女は祝福の魔法を投げ掛けた。
偉大な魔女を乗せた魔法陣は、空の高みで日差しを浴びてより一層輝いた。

(できれば、
 私もここから飛び降りたいんだけどね・・・。)

大魔女は小さく吐息を付いた。
地上には再会を喜ぶ恋人達を温かく見守る夫がいる。
その姿に胸が強く締め付けられた。
オスカーが北の大国からラクシュ王子を連れて来てくれなければ、どうなっていたかわからない。
ラクシュ王子と肩を並べる彼の姿は満身創痍。それでも陽気に笑ってくれる、そんな夫が愛おしい。
側に行きたい、今すぐに!
思いっきり抱きしめたいし、同じ思いで抱きしめて欲しい!
狂おしい衝動が心を揺さぶり、魔法陣ここから飛べと命じてくる。
しかしそれは残念な事に、許される事ではないらしい。
夫も同じ思いのようだ。妻を見上げるオスカーが肩をすくめ、困ったように苦笑する。
彼は小さく首を巡らせ、ある方向を指し示した。
丘の向こうの、ラーシェンカの街。
そこで暮す人々が広場や通りに溢れんばかり。街中総出で空を見上げ、大魔女の魔法陣に喜び叫ぶ。

ドルア火山のから街を護った、
    我らの偉大なる大魔女様!!!

寄せては返す波のように、歓呼の声が大空に響く。
その熱狂的な歓声は、歓喜に沸くラーシェンカの街から広く遠く、国全体へと広がっていった。

(・・・やれやれ。こりゃまた忙しくなるわね。
『見世物になるのもある意味では女王の義務』。これ、お母様の台詞だったかしら?
そうね、そうかもしれないわね。国民の期待にはちゃんと応えてあげなきゃね。)

大魔女は諦めたように苦笑した。
そして魔法陣の上に凜々しく立つと、破れたローブを風になびかせ高く右手を上げて見せた!

おおおおぉぉぉぉーーーー!!!

ドルア火山の噴火もかくや、と言わんばかりの歓声が天を衝くように沸き起こる!
大魔女は片手を上げたまま、頭の片隅でふと考えた。

(そういえば私・・・、近い内にまた見世物にならなきゃいけないんだっけ。
「誓約の儀式」。アレ、ホントに公開するのかしら?)

大魔女がその伴侶とともに、この国を護り行く決意をいにしえの魔女に伝える「誓約の儀式」。
人騒がせな母親一存で、この「儀式」は国中に公開される事になっていた。
偉大なる大魔女を讃える国民達の大熱狂。これは当分鎮まらない。
儀式当日は大変な事になるだろう。
儀式を行う王都の城に、大魔女の姿を一目見ようと、国中から人が押し寄せてくるのに違いない。

(・・・何とか逃げられないかしら???)

大魔女の顔が引き攣った。
必死で思案する彼女の胸には、日差しを浴びた「大魔女の首飾り」が色美しく輝いていた。

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