魔女がドレスを着る時は
12.その魔力を継ぐ者は
ドルア火山中腹の崖の上。
ラーシェンカの街が一望できるその場所にはオスカーがいた。
彼は火口付近をジッと見上げ、焦燥感に堪えながらひたすら念じ続けていた。
(・・・まだだ!
頼むから、まだ噴火するな!
アイツが帰って来るまで、おとなしくしててくれ!)
踏み締める地面は絶えず細かく揺れている。
噴火が近い。
近年、類を見ない規模の大噴火が迫っていた。
「オスカー!」
背後からの声に振り返る。
ソラムだ。急な斜面を這うようにして登って来る。
「おいおい、ボロボロじゃないか!無理すんなって言っただろ?」
「すみません、足場が悪い所ばっかりで・・・。
でも大丈夫です。魔石、全部言われた場所に置いてきました!」
砂まみれの顔でソラムは笑う。
しかしすぐに表情を引き締め、自分以上に「ボロボロ」になってるオスカーへと詰め寄った。
「それより、どうなりましたか!?ティナは?大魔女様は!?」
「俺もここに来たばかりなんだ。
ドルア火山は厄介な山だな。登山者泣かせの難所が多くて、魔石を配置するには向いてない。」
ぼやくオスカーの隣には、白いローブを羽織った若者が立っている、
ドルア火山に両手をかざし呪文を唱えていた彼は、ニッコリ笑うとうなづいた。
「成功です!標的を捕らえました!」
「!!!」
オスカーはソラムと互いの笑顔を見合わせた。
「成功する確証は持てませんでしたし、これほど離れた場所から魔法を放つのも不安でしたが、間違いありません。
所定の位置に配置した魔法強化の魔石も存分に力を発揮している。標的はもう逃げられませんよ。
私は遠視魔法を使えません。ですから大魔女様の詳しい状況まではわかりかねるのですが・・・。」
「いや、充分だ! ありがとう!
すまない、 他国の王太子 をこんな所に呼び出すようなマネをして・・・。」
白いローブの魔道士が2人の方へ振り向いた。
彼は首を小さく横に振ると、握手を求めるオスカーの右手を両手でしっかり握り返す。
「いいえ、オスカー。
貴方には返しきれない恩がある。我が国に平穏な今があるのは、貴方と大魔女様のお陰なのですから!
私でお役に立てるのなら、いつでもお力になりますよ。」
「そう言えば、あの時俺の 恋敵 だった奴は元気にしてんのかい?」
「えぇ。彼なら元気にしてますよ。
ただし 牢獄の中 でね♪」
白いローブの魔道士=北の大国王太子・ラクシュが悪戯っぽく微笑んだ。
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かつて、北の大国には世界を手に入れようとした 愚者 がいた。
愚者は自ら 魔王 と名乗って祖国を荒らし、大魔女ミシュリーを籠絡せんと邪な婚姻を結ぼうとした。
それを阻止し、ついでに愚者の野望も打ち砕いたのが、オスカーである。
その時、オスカーの手助けで強固な封印魔法を編み出し、愚者を捕らえたのが ラクシュ王子。
魔道士でもある彼が繰り出す完全無欠の「光の檻」は、実体の無い 影 をも封じてみせたのだ。
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「これでやれる事は全部やったな。」
オスカーは再び火口を見上げた。
今にも弾けそうに打ち震えている。頂上付近では落石も起っているようだ。
「まずいな、ここも危険だ。山を下りよう。撤収するぞ!」
「撤収?!ティナ達を迎えに行かないんですか!?」
ソラムが驚き目を剥いた。
「無理言うな。封印魔法は成功したが、アイツらが置かれてる状況がまるでわからないんだぞ?
俺たちみたいな魔力ない奴が、迂闊に踏み込むのは危険過ぎる。しかも噴火が迫ってるんだ。
ラクシュ郷は魔道士だが他国の王子、これ以上危険に晒すわけにはいかない。」
「でも!」
「まぁ落ち着け。心配すんな。」
食い下がってくるソラムに、オスカーは努めて陽気に笑って見せた。
「後は、アイツを信じよう。
なぁに、ケリが付くまでそう時間は掛らんさ。
俺の可愛い恋女房は 世界最強の大魔女 様だ!直に元気に帰って来るさ、ティナと一緒にな。」
自分自身に言って聞かせる、祈りに近い言葉だった。
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(おおおぉぉ!!!
出せ!ここから出せえぇーーーっ!!!)
「光の檻」に捕らわれた影の魔道士がのたうち回る。
足下に付きまとう魔法陣が決して取れない枷となり、半永久的に魔力を封じ続ける。
もう魔法は使えない。魔力の暴走は強制的に鎮められ、宙を飛び回る事ももうできない。
影の魔道士はただの 執着 に成り下がった。
遙か昔、古の魔女に恋した男が残して行った、欲望だけの歪な思念。
その状態に戻ったのだ。
「・・・貴方は、救ってあげられない。」
断末魔に悶え苦しむ影を見据え、佇む大魔女が静かに告げる。
「何百年も抱え続けた苦しみも哀しみも報われない。
ならばせめて、
何も思い煩う事のない 無 の状態に還りなさい。
今、私 が 終 わ ら せ て あ げ る !!!」
差し伸べた両手に光が宿る。
全てを消し去る清浄の光が。
光は強く大きく輝きを増し、影の魔道士を包み込む。
闇色の顔から苦悶の気配が消えていく。
影の魔道士は静かに、穏やかに姿を消した。
後に残った「光の檻」の魔法陣も、次第に薄れ消え失せた。
洞窟内に静寂が戻った。
大魔女は大きく吐息を吐くと、その場にペタリとへたり込んだ。
「お姉様、お怪我は!?」
ティナが慌てて駆け寄ってきた。
ドレスの裾をたくし上げ、髪を振り乱して走る姿は良家の淑女あるまじき。
思わず笑ってしまったお陰で、余計な力がさらに抜けた。
「アンタは怪我とかなさそうね。
さ、帰りましょ。ソラムが心配していてよ?」
「・・・はい。」
頷くティナが、ふと悲しげに目を伏せた。
「どうしようもなかった、ですよね・・・。」
影の最後に心を痛める末妹に、大魔女はキッパリ答えを返す。
「えぇ。ああするしかなかったわ。
魂がない以上、輪廻の輪にも帰れない。
無責任なものね。あんな強烈な執着残した奴の魂は、とっくの昔に帰ってる。
あの世とやらで古の魔女に、フラれ飛ばされりゃいいんだけど!」
ティナが小さくクスッと笑う。
はにかんだ微笑みに心が和む。大魔女の首飾りを身につけた気高い姿も美しいが、今、目の前にいるいつも通りの妹が、綺麗で可憐で愛おしい。
「無事でよかった。怖かったでしょ?よく頑張ったわね・・・。」
可愛い末妹の乱れた髪を、手を伸ばしてそっと撫でた。
その時だった。
我慢に我慢を重ね続けたドルア火山が、限界の時を迎えたのは!!!
ドォン!!!
地面が大きく突き上げられた!
鳴り始めた地鳴りがこれまでに強く響き、縦・横・斜めとメチャクチャに洞窟内が揺らぎ出す!
「そーいえばこの山、噴火するんだったわ。
厄介な山ね!休ませてもくれないんだから!」
大魔女はゲンナリとつぶやいた。
のんびりしている場合ではなかったのだ。
山全体が大きく揺れてる。もはや抑制などまったく効かない。この山はもう、噴火する!!!
「ティナ、逃げなさい!」
崩れ始めた天井を見据え、大魔女はゆっくり立ち上がる。
「私はここに残る。
この山にありったけの魔力を注ぎ込んで、噴火の力を分散させる!
被害を最小限に留めるには、こうするより他にないわ!」
危険、というより、無謀である。火山の噴火を制御するなど、簡単にできる事じゃない。
しかも今の大魔女は、身体も魔力も疲弊している。それでもなお「やる」というのなら、命を賭けた荒技になる。
しかし麓の街・ラーシェンカを何としてでも護らなければならない。
そこで暮すこの国の民、何万という人達のために。
「麓辺りにオスカーがいるはず。
貴女は彼と合流して一緒に安全な所へ行きなさい! いいわね!」
覚悟を決めた。
再度妹に避難を促し、大魔女は精神を集中し始めた。
しかし。
「いいえ。私もここに残ります。」
凜とした声が耳に響いた。
その声は内気で優しい末妹らしからぬ、強く厳しい声だった。
「!? ダメよ!アンタ、何言って・・・!?」
妹を諫めようと振り向く大魔女は、驚きその目を見開いた。
ティナの身体が眩しく光り輝いている。
全身から強い清浄の気が迸り、豊かな魔力が溢れんばかりに漲っているのがよくわかる。
ティナという「器」に注ぎ込まれた、古の魔女の 魔力 である。
想像を絶する凄まじい力。ドレスと指輪とティアラの3つに分けねばならなかったのも道理だった。
「・・・凄い魔力だわ。13番目の魔女、復活ね。」
半ば呆然とした状態で、大魔女は小さくつぶやいた。
ティナがふわりと微笑んだ。
そのはにかんだ微笑は、今、目の前に居る「魔女」が遠い古の魔女ではなくて 13番目の魔女 なのだと教えてくれる。
彼女は「大魔女の首飾り」を首から外すと、姉の方へと差し出した。
「この魔力、首飾りを介して全てお渡しいたします。
お受け取り下さい、お姉様。」
「よしてよ、そんなの受取ったら内側から破裂しちゃうわ。
私には自分の魔力があるし、そもそもアンタほどの『器』じゃないんだから。」
「いいえ。お姉様なら大丈夫。」
ティナはそっと優しく、首飾りを姉に掛ける。
その途端、古の魔女がこの世に残した首飾りは、大魔女の胸で輝いた。
力強く、温かく。この上もなく、美しく。
「『強大な力を有する者には、
それ相応の責任が伴う』。
お姉様の口癖ですわ。私にはその覚悟がありません。
この魔力が本当に後世の人達を思ってのものなら、正しく継承できる者はたっだ1人しか居ないはず。
お姉様なら『器』の話も取るに足らない事でしょう?
だって貴女は 世界で一番強くて優しい 偉大なる大魔女 なのですから!!!」
「・・・。」
ほんのしばしの間、呆気に取られた。
末妹の凛々しい姿に驚かされた。まだまだ子どもだと思っていたのに。
大魔女は苦笑した。ティナは可愛い大事な妹。これほど強く信頼してくれているなら、不甲斐ないところは見せられない。
やるしかない。大魔女は覚悟を決めた!
「もぉ!生意気な事、言っちゃって!」
妹を抱きしめ、優しく撫でる。
そして静かに目を閉じた。
白い光が2人を包む。
次第に大きくなっていく光は、崩れゆく洞窟を眩しく照らし、山全体へと広がっていった。
ド ォ ーーーーー ン !!!!!
ドルア火山が火を噴いた!