魔女がドレスを着る時は

2025年8月8日

ドルア火山中腹の崖の上。
ラーシェンカの街が一望できるその場所にはオスカーがいた。
彼は火口付近をジッと見上げ、焦燥感に堪えながらひたすら念じ続けていた。

(・・・まだだ!
頼むから、まだ噴火するな! アイツが帰って来るまで、おとなしくしててくれ!)

踏み締める地面は絶えず細かく揺れている。
噴火が近い。
近年、類を見ない規模の大噴火が迫っていた。

「オスカー!」

背後からの声に振り返る。
ソラムだ。急な斜面を這うようにして登って来る。
「おいおい、ボロボロじゃないか! 無理すんなって言っただろ?」
「すみません、足場が悪い所ばっかりで・・・。でも大丈夫です。魔石、全部言われた場所に置いてきました!」
砂まみれの顔でソラムは笑う。
しかしすぐに表情を引き締め、自分以上に「ボロボロ」になってるオスカーへと詰め寄った。
「それより、どうなりましたか!? ティナは? 大魔女様は!?」
「俺もここに来たばかりなんだ。ドルア火山は厄介な山だな。登山者泣かせの難所が多くて、魔石を配置するには向いてない。」
ぼやくオスカーの隣には、白いローブを羽織った若者が立っている、
ドルア火山に両手をかざし呪文を唱えていた彼は、ニッコリ笑うとうなづいた。

「成功です!標的を捕らえました!」

「!!!」
オスカーはソラムと互いの笑顔を見合わせた。
「成功する確証は持てませんでしたし、これほど離れた場所から魔法を放つのも不安でしたが、間違いありません。
所定の位置に配置した魔法強化の魔石も存分に力を発揮している。標的はもう逃げられませんよ。
私は遠視魔法を使えません。ですから大魔女様の詳しい状況まではわかりかねるのですが・・・。」
「いや、充分だ! ありがとう!
すまない、 他国の王太子 をこんな所に呼び出すようなマネをして・・・。」
白いローブの魔道士が2人の方へ振り向いた。
彼は首を小さく横に振ると、握手を求めるオスカーの右手を両手でしっかり握り返す。
「いいえ、オスカー。私でお役に立てるのなら、いつでもお力になりますよ。
貴方には返しきれない恩がある。我が国に平穏な今があるのは、貴方と大魔女様のお陰なのですから!」
「そう言えば、あの時俺の 恋敵 だった奴は元気にしてんのかい?」
「えぇ。彼なら元気にしてますよ。ただし 牢獄の中 でね♪」
白いローブの魔道士=北の大国王太子・ラクシュが悪戯っぽく微笑んだ。

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かつて、北の大国には世界を手に入れようとした 愚者 がいた。
愚者は自ら 魔王 と名乗って祖国を荒らし、大魔女ミシュリーを籠絡せんと邪な婚姻を結ぼうとした。
それを阻止し、ついでに愚者の野望も打ち砕いたのが、オスカーである。
その時、オスカーの手助けで強固な封印魔法を編み出し、愚者を捕らえたのが ラクシュ王子。
魔道士でもある彼が繰り出す完全無欠の「光の檻」は、実体の無い 影 をも封じてみせたのだ。

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「これでやれる事は全部やったな。」
オスカーは再び火口を見上げた。
今にも弾けそうに打ち震えている。頂上付近では落石も起っているようだ。
「まずいな、ここも危険だ。山を下りよう。撤収するぞ!」
「撤収?! ティナ達を迎えに行かないんですか!?」
ソラムが驚き目を剥いた。
「無理言うな。封印魔法は成功したが、アイツらが置かれてる状況がまるでわからないんだぞ?
俺たちみたいな魔力ない奴が、迂闊に踏み込むのは危険過ぎる。しかも噴火が迫ってるんだ。ラクシュ郷は魔道士だが他国の王子、これ以上危険に晒すわけにはいかない。」
「でも!」
「まぁ落ち着け。心配すんな。」
食い下がってくるソラムに、オスカーは努めて陽気に笑って見せた。

「後は、アイツを信じよう。なぁに、ケリが付くまでそう時間は掛らんさ。
俺の可愛い恋女房は 世界最強の大魔女 様だ! 直に元気に帰って来るさ、ティナと一緒にな。」

自分自身に言って聞かせる、祈りに近い言葉だった。

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おおおぉぉ!!! 出せ!ここから出せえぇーーーっ!!!

「光の檻」に捕らわれた影の魔道士がのたうち回る。
足下に付きまとう魔法陣が決して取れない枷となり、半永久的に魔力を封じ続ける。
もう魔法は使えない。魔力の暴走は強制的に鎮められ、宙を飛び回る事ももうできない。
影の魔道士はただの 執着 に成り下がった。
遙か昔、いにしえの魔女に恋した男が残して行った、欲望だけの歪な思念。その状態に戻ったのだ。

「・・・貴方は、救ってあげられない。」

断末魔に悶え苦しむ影を見据え、佇む大魔女が静かに告げる。

「何百年も抱え続けた苦しみも哀しみも報われない。
ならばせめて、何も思い煩う事のない 無 の状態に還りなさい。 今、私 が 終 わ ら せ て あ げ る !!!」

差し伸べた両手に光が宿る。
全てを消し去る清浄の光が。
光は強く大きく輝きを増し、影の魔道士を包み込む。
闇色の顔から苦悶の気配が消えていく。
影の魔道士は静かに、穏やかに姿を消した。
後に残った「光の檻」の魔法陣も、次第に薄れ消え失せた。
洞窟内に静寂が戻った。
大魔女は大きく吐息を吐くと、その場にペタリとへたり込んだ。

「お姉様、お怪我は!?」
ティナが慌てて駆け寄ってきた。
ドレスの裾をたくし上げ、髪を振り乱して走る姿は良家の淑女あるまじき。
思わず笑ってしまったお陰で、余計な力がさらに抜けた。
「アンタは怪我とかなさそうね。さ、帰りましょ。ソラムが心配していてよ?」
「・・・はい。」
頷くティナが、ふと悲しげに目を伏せた。
「どうしようもなかった、ですよね・・・。」
影の最後に心を痛める末妹に、大魔女はキッパリ答えを返す。
「えぇ。ああするしかなかったわ。
魂がない以上、輪廻の輪にも帰れない。無責任なものね。あんな強烈な執着残した奴の魂は、とっくの昔に帰ってるってのに。
あの世とやらでいにしえの魔女に、フラれ飛ばされりゃいいんだけど!」
ティナが小さくクスッと笑う。
はにかんだ微笑みに心が和む。大魔女の首飾りを身につけた気高い姿も美しいが、今、目の前にいるいつも通りの妹が、綺麗で可憐で愛おしい。
「無事でよかった。怖かったでしょ?よく頑張ったわね・・・。」
可愛い末妹の乱れた髪を、手を伸ばしてそっと撫でた。
その時だった。
我慢に我慢を重ね続けたドルア火山が、限界の時を迎えたのは!!!

 ド ォ ン !!!

地面が大きく突き上げられた!
鳴り始めた地鳴りがこれまでに強く響き、縦・横・斜めとメチャクチャに洞窟内が揺らぎ出す!
「そーいえばこの山、噴火するんだったわ。厄介な山ね!休ませてもくれないんだから!」
大魔女はゲンナリとつぶやいた。
のんびりしている場合ではなかったのだ。
山全体が大きく揺れてる。もはや抑制などまったく効かない。この山はもう、噴火する!!!
「ティナ、逃げなさい!」
崩れ始めた天井を見据え、大魔女はゆっくり立ち上がる。

「私はここに残る。
この山にありったけの魔力を注ぎ込んで、噴火の力を分散させる!被害を最小限に留めるには、こうするより他にないわ!」

危険、というより、無謀である。火山の噴火を制御するなど、簡単にできる事ではない。
しかも今の大魔女は、身体も魔力も疲弊している。それでもなお「やる」というのなら、命を賭けた荒技になる。
しかし麓の街・ラーシェンカを何としてでも護らなければならない。
そこで暮すこの国の民、何万という人達のために。

「麓辺りにオスカーがいるはず。貴女は彼と合流して一緒に安全な所へ行きなさい! いいわね!」
覚悟を決めた。
再度妹に避難を促し、大魔女は精神を集中し始めた。
しかし。

「いいえ。私もここに残ります。」

凜とした声が耳に響いた。
その声は内気で優しい末妹らしからぬ、強く厳しい声だった。
「!? ダメよ!アンタ、何言って・・・!?」
妹を諫めようと振り向く大魔女は、驚きその目を見開いた。
ティナの身体が眩しく光り輝いている。
全身から強い清浄の気が迸り、豊かな魔力が溢れんばかりに漲っているのがよくわかる。
ティナという「器」に注ぎ込まれた、いにしえの魔女の 魔力 である。
想像を絶する凄まじい力。ドレスと指輪とティアラの3つに分けねばならなかったのも道理だった。
「・・・凄い魔力だわ。13番目の魔女、復活ね。」
半ば呆然とした状態で、大魔女は小さくつぶやいた。

ティナがふわりと微笑んだ。
そのはにかんだ微笑は、今、目の前に居る「魔女」が遠いいにしえの魔女ではなくて 13番目の魔女ティナ なのだと教えてくれる。
彼女は「大魔女の首飾り」を首から外すと、姉の方へと差し出した。

「この魔力、首飾りを介して全てお渡しいたします。お受け取り下さい、お姉様。」
「よしてよ、そんなの受取ったら内側から破裂パンクしちゃうわ。私には自分の魔力があるし、そもそもアンタほどの『器』じゃないんだから。」
「いいえ。お姉様なら大丈夫。」

ティナはそっと優しく、首飾りを姉に掛ける。
その途端、いにしえの魔女がこの世に残した首飾りは、大魔女の胸で輝いた。
力強く、温かく。この上もなく、美しく。

「『強大な力を有する者には、それ相応の責任が伴う』。
お姉様の口癖ですわ。私にはその覚悟がありません。
この魔力が本当に後世の人達を思ってのものなら、正しく継承できる者はたった1人しか居ないはず。
お姉様なら『器』の話も取るに足らない事でしょう?
だって貴女は 世界で一番強くて優しい 偉大なる大魔女 なのですから!!!」

「・・・。」
ほんのしばしの間、呆気に取られた。
末妹の凛々しい姿に驚かされた。まだまだ子どもだと思っていたのに。
大魔女は苦笑した。ティナは可愛い大事な妹。これほど強く信頼してくれているなら、不甲斐ないところは見せられない。
やるしかない。大魔女は覚悟を決めた!

「もぉ!生意気な事、言っちゃって!」

妹を抱きしめ、優しく撫でる。
そして静かに目を閉じた。
白い光が2人を包む。
次第に大きくなっていく光は、崩れゆく洞窟を眩しく照らし、山全体へと広がっていった。

 ド ォ ーーーーー ン !!!!!

ドルア火山が火を噴いた!

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