13番目の魔女

2024年5月13日

大魔女の城の大広間。
豪華な玉座に座る 魔女 が、高く足を組み替えた。

「この玉座、私に設えたようではなくって? どう? お 姉 様 。」

「まぁ、そうかもね・・・。」
傍らに佇む上品な婦人が困ったように返事を返す。
彼女の細い腕の中では、おくるみに包まれた赤ちゃんが安らかな寝息を立てている。
さらにその周りには、元気いっぱい走り回っているまだ幼い兄弟達。彼らを軽く窘めつつ、婦人は呆れたように吐息を付いた。
「あんなやり方しか出来なかったの? まったくもう、貴女ときたら・・・。」
「あら、文句を言われる筋合いはなくってよ? 姉妹思いのこの私に、もっと感謝してもらいたいものだわ。」
玉座の 魔女 が昂然と微笑み、胸元を飾る 首飾り を軽く指で弄ぶ。
燃えるような赤い髪。挑むような鋭い目。
 2番目の魔女 である。
彼女は 大魔女の首飾り で胸元を飾り、 金のローブ を纏った姿。
の大魔女の 2番目の娘 は、 新しい 大魔女 になったのだ。

「でも、お母様 すっかり落ち込んじゃったわよ?
あれから部屋に籠もって出てこなくなったって聞いてるけど。」
困り顔でつぶやく婦人に、新しい大魔女はウンザリと首を横に振る。
「アレは落ち込んでるワケじゃないわよ、みんなに怒られてヘソを曲げちゃっただけ!
大人げないわね、まったく! 元はと言えば自分が悪いのに、ちっとも反省しないんだから!」
「手厳しいわね。そういう所、お母様にそっくりよ。」
「やめてよ、人聞きの悪い!」
姉妹はクスクスと笑った。

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前の大魔女・・・彼女達の母親は、すっかり拗ねてしまっていた。
「あんな長い名前、言い当てられるか!!!」と、「継承の儀式」を行った街人達が猛抗議。
おまけに事情を知った国中の人から、「勝手だ、我が儘だ、意地悪だ!」と、集中砲火で怒られたのだ。
前の大魔女は癇癪起こし、「それじゃみんなで好きにおし!」と、自室に逃げ込み閉じ籠もった。
「継承の呪文」は詠唱完了、後は首に掛けるだけとなっている 大魔女の首飾り を 放 り 出 し て 。
それを 2番目の魔女 がさっさと首に掛け、こうして玉座に座っているのである。
前の大魔女はますますむくれ、部屋から1歩も出なくなった。

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「心配ないわよ、あの人は。どうせすぐ元気になって、騒動起してくれるでしょ。
どーにかならないのかしらね、あの人騒がせな性格は!
お姉様の時も大変だったけど、今回は自分勝手な後継ぎ問題で全国民を巻き込んだのよ?」
「私が夫と結婚した時の話ね?」
婦人が小さく苦笑した。
「そうね、あの時は貴女に助けられたわ。お母様の 妨害 を全部止めてくれたんだものね。
でも、私のために貴女がお母様の不興を買う事になって・・・。」
「いいのよ、そんな事。お姉様が幸せなら私だって嬉しいんだし。」
姉の言葉を軽く遮り、新しい大魔女がニッコリ笑う。
「だいたい 私、子供の時からお母様に『大魔女になりたい』って言ってたのよ?
その為の努力は人一倍してきたつもり。なのにサクッと無視してくれちゃう上に、お姉様を後継ぎだって決めつけて!
おまけに、お姉様を逃がさないため恋人との仲を 引 き 裂 こ う としたんだもの。ご機嫌なんか取ってられないわ。
まぁ、お母様は往生際が悪いから、最終手段・・・・に出たワケだけど。
本当に困った人ね、お母様は。
根は悪い人じゃ無いんだけど、お姉様が 魔力を失う まで諦めようとしかったんだから!
・・・あぁ、ありがとう。お姉様に椅子を持ってきてくれたのね?」
大広間の扉が開き、寡黙な大臣が入ってきた。
抱えてきた椅子を婦人に勧めて座らせた後、おくるみの赤ちゃんにちょっと微笑み、1歩下がって威儀を正す。
この国の重臣である彼は、今まで同様忠実に新しい大魔女に仕えていく。
まだ年若い主に対し、彼は深々と一礼した。
「ま、結果良ければ全て良し!
一時的でもお母様はおとなしくなったし、末の妹は夢が叶ってごく普通の女の子になれた。
私も大魔女になれたしね♪ 申し分ない大団円ハッピーエンドだわ。そうでしょ?」
「そうね。でも・・・。」
婦人がまだ心配そうに眉を潜めて口ごもる。

「13番目の魔女は・・・。」
「ティナ、よ。」
「そう、もうそう呼ばないといけないわね。
ティナはまだ 子供 よ? 私の時とは話が違うわ、まだ結婚出来る歳じゃないでしょ?
大人になるまでの間に、あの2人がうまくいかなくなったら・・・どうするの?」
「あら、大丈夫よ!」

生真面目な姉の心配を、新しい大魔女が一蹴する。
彼女の陽気な笑顔には、強い確信が込められていた。

あの子ソラムは『禁忌の呪文』を唱えたわ。お姉様の夫になった人が いつかそうしたように ね。
お姉様の時と同じよ。私は『継承の儀式』前の夜に、眠るあの子ソラムの夢にお邪魔して『呪文』を教えてあげただけ。
指図は何もしてないわ、唱えたのは彼の意思よ! ちょっと勇気が要ったみたいで、ギリギリの機会タイミングだったけどね。
あの子ソラムはとても誠実な子よ。でなきゃ、私も『呪文』を教えたりなんかしない。
普通の女の子になったティナを、きっと優しく見守ってくれるわ!

それにね、万が一2人がうまくいかなくたって、あの街の人達に任せておけば大丈夫よ。
なんたってあの街は人が良い連中ばかりですもの。確かに先の事はわからないけど問題ないわ、楽しく暮らして行けるわよ!
だいたい、魔力が無くなったって私達は姉妹なのよ?
何かあったら助けに行くわ、ティナは大事な妹ですもの。
そうでしょ? お姉様。

他の妹達が恋をした時でも、私は 同じ事 をするつもり。
もし 魔女である事が妨げになるなら、いつでも夢に現れてあげる。
万が一お母様が横槍入れても護るつもり。ただし、妹達が好きになった相手が得心できる人だったら、だけど。
人の個性に難癖付ける気はないけどね、お姉様の夫やあの子ソラムのように 誠実な人 じゃなきゃ、絶対 ダメ よ!!!」

新しい大魔女は片手を伸ばし、玉座の周りを走り回ている兄弟の大きい方を捕まえた。
ジタバタ暴れる子供の襟を掴んで膝まで引っ張り上げる。
弟も足にすがりついてきた。笑い転げる子供達に、大魔女はおどけて 命令 した。

「さぁ、私の可愛い怪獣甥っ子達!
新しい大魔女様の最初の命令よ。お部屋に閉じこもってる お祖母ちゃま を引っ張り出してきてちょうだい!
あの人には教わらなきゃならない事がたくさんあるんですからね、勝手に老け込んでもらっちゃ困るのよ!!!」

「はぁ~いっ♪!!」
大きな返事を返した兄をギュッと抱きしめ膝から降ろし、纏わり付いてふざける弟の頬に軽くキスをした。
元気いっぱいの怪獣達が、奇声を上げてじゃれ合いながら大広間から飛び出し行く。
拗ねていじける前の大魔女も、可愛い孫達の魅力には勝てない。
直に部屋から出てくるだろう。人騒がせな母親なのだが、根は悪い人ではないのだから。

その様子を見守る婦人は、寡黙な大臣と顔を見合わせ温かい笑みを交し合った。
駆け出す子供の背中を見送る、新しい大魔女の鋭い目。
その瞳に静かに輝く、深く豊かな慈愛の光。
かつて「1番目の魔女」と呼ばれ、今は小間物屋の奥さんと呼ばれる婦人は、心の底から安堵する。

この国の未来は、大 丈 夫 。

まだ年若い新しい大魔女が宿す光は、そう確信させてくれた。

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その朝、庭に出たセシリアは、たわわに咲き誇るバラの木にニッコリ優しく微笑んだ。

(今日 一番綺麗に咲いたバラを、夕食の食卓に飾りましょう。
きっと楽しい話がたくさん聞けるわね。とても楽しみだわ・・・。)

ジョウロで水をやっていると、女の子の友達を引き連れたアマンダが垣根越しに声を掛けてきた。
「おはよう、おばさん! ねぇ、もう行っちゃった?」
「いいえ、まだよ。もう用意は出来てるはずだけど・・・。」
セシリアが開け放たれている玄関に向かって呼びかける。

「お迎えに来てくれてるわよ。出ていらっしゃい。」

すると、家の中から 1人の少女 が恥ずかしそうに歩み出てきた。
かつて 13番目の魔女 と呼ばれ、今は ティナ と呼ばれる少女。
銀のローブはもう着ない。普通の女の子のが着る服を着て、髪をおさげに編んだ彼女は今日からセシリアの家に下宿しながら街の学校に通うのである。
その笑顔ははにかみながらも、喜びに溢れ輝いていた。
「わぁ、可愛い!♪♡」
女の子達が歓声を上げた。
「大丈夫よ、他の子も先生もみんな優しい人ばっかりだから!」
「わかんない事があったら教えてあげる! 何も心配ないからね!」
「さ、行こ!これから毎日迎えに来るわ。一緒に学校に通いましょ♪」
ティナを囲む女の子達を、ませた口調でアマンダが叱る。

「 あら、ダメよ!
 『恋人』が迎えに来てるのよ? 譲ってあげなきゃ悪いじゃない!」

女の子達がハッと振り向く。
そこには学校へ向かう男の子達が集まり、ニヤニヤ笑いながら立っていた。
ソラムもいる。友人達に冷やかされ、顔を赤して俯いている。
女の子達は素早く察した。
アマンダと彼女の友達は、きゃぁきゃぁ2人をはやし立てながら、男の子達と先に行ってしまった。

「・・・おはよう。」

ソラムが照れくさそうに微笑んだ。
ティナは応えず目を伏せる。ずっと想っていた少年の顔がまともに見られないようだ。
そんな2人をセシリアは、ハラハラしながら見つめていた。
初々しくももどかしい様子に、思わず声を掛けようとした時。
ソラムが少女に右手を差し伸べ、強く優しく呼びかけた!


「 行こう・・・ テ ィ ナ !!!」


「・・・。」
ティナが静かに顔を上げた。
ぎこちなく笑って小さく頷き、左手をオズオズとソラムに預ける。
手を取り合って走り出す2人を、セシリアは温かく見送った。
街の人達も見守っている。大工の棟梁が、装飾品アクセサリー職人を目指す少女が、家具職人の青年が、酒場に勤める姐さんが。
ポプラ並木を学校へと向かう2人に微笑みを投げ掛ける。

この2人の未来は、大丈夫。

まだ幼い恋人達の幸せそうな眩しい笑顔は、そう確信させてくれた。

                         ♪♪♡ 完 ♡♪♪

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