13番目の魔女
5.魔女の名前
大臣・家臣が集められた。
国中に散らばり街を守護する娘の魔女達も招集がかかり、何事なのかも知らされないまま、城の大広間に集合した。
玉座に座る大魔女は、これ以上はない得意気な顔で、国の内外に宣言した。
「私は大魔女の名を譲る。
後を継ぐのは 13番目の魔女 !
今日より7日後 継承の儀式 を執り行うので、皆、準備に取りかかるように!」
この突然の発言に、大広間は騒然となった。
誰より驚いたのは13番目の魔女。こんな話は聞いていない。何も知らされていなかった。
「言うまでも無いが、これは 決定事項 だよ!」
大魔女は側に居並ぶ娘達、特に 2番目の魔女 を厳しく見据え、声を大にして厳命した。
「逆らう者は許さない。たとえ実の娘でもね。
では解散。13番目の魔女だけここにお残り。
お前はもう街の守護魔女じゃ無い、正式な私の跡取りだから、城から出てはいけないよ!」
半ば呆然となっていた13番目の魔女は、我に返って戦慄した。
玉座に座る母親に、慌てて駆け寄り跪く。
しかし。
彼女が口を開く前に、大魔女が話しかけてきた。
「1番目の魔女があんな事になった時、私がどんなに悲しんだか、覚えているだろう?
かわいい娘や、どうかお前はあんな思いはさせないでおくれ!」
13番目の魔女は、何も言えなくなってしまった。
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その翌日。
朝食を食べる大魔女の元に、城を守る警備兵が血相を変えて飛び込んできた。
「た、大変です! 大魔女様っ!!!」
「何事だい、騒々しい!」
「そ、それが・・・。
13番目の魔女様がお護りになっていた街の者達が、『直談判』に来ております!!!」
「・・・は?」
大魔女の手からパンケーキの欠片がささったフォークがぽろりと滑り落ちた。
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警備兵が言うには、とにかく凄い剣幕でホトホト手を焼いているらしい。
しかも暴動を疑うほどの人数。あんまり騒ぎ立てるので、城の近辺住民からは苦情も殺到しているらしい。
大魔女はこの国の 女王 である。「直談判するから会わせろ」と言った所で簡単に謁見できるワケもない。
なのに、頑として言う事を聞かず誰も帰ろうとはしないという。
仕方なく臨んだ大魔女は、街の者達の「直談判」を聞いて唖然となった。
「とにかく、我々は反対です!
宣言を取り消していただきたいっ!!!」
怒気も露わにがなり立てるのは、13番目の魔女が守っていた街の「町長」。
立派な口ひげの初老の男が、目を丸くする大魔女にもの凄い勢いで詰め寄った。
「13番目の魔女様は、私達の守護魔女ですぞ!
勝手にお世継ぎなどにしないで頂きたい、貴女様には他にもたくさん、魔女の娘さんがいるでしょう?!
断固、抗議いたしますぞ! 即刻、宣言を取り消してくださいっっっ!!!」
そうだそうだ!と、町長の後ろで街の者達が口々に喚く。
(・・・なんでこうなる?)
「謁見の間」にて彼らと対峙する大魔女は、ポカンと口を開けたまま当惑した。
( 自分達の街の守護魔女が 大魔女 になるんだよ?
素晴らしく光栄な事だ。本来なら、街の者は狂喜乱舞して守護魔女の出世を祝うものなのに。
おまけに、新しい大魔女が取り立てるから街は大きく発展できる。
暮らしが豊かになるんだよ? なのにどーして嫌がるの???)
茫然自失の大魔女に代わり、滅多に口を開かない寡黙な大臣が猛る町長をやんわり宥める。
「 大魔女様の御前です。どうか控えて頂きたい。
なぜ反対するのです? 本来ならば喜ぶべき事なのですよ?」
「 けっ、アホらしい!寝言は寝てから言いやがれ! 」
声を荒げたのは、口の悪い爺さん。
拳握る手を振り回し、寡黙な大臣にくってかかる。
「 大魔女だぁ? そんなモンになっちまったら、もう会えなくなっちまうじゃねぇか!
ウチの魔女様はなぁ、俺達の大事な 友人 なんだよ!
馬鹿げた事抜かしてねぇで、とっとと返しやがれってんだ!」
( そ ん な、 モ ノ ??!)
この発言は不興を買った。
大魔女の目がつり上がる。腰掛けていた椅子を蹴倒すようにして立ち上がり、街人達を睨み付けた。
「なんて事言うんだい、不届き者!
まるで大魔女になるのが取るに足らない事みたいに!!!」
しかし、街人達は怯まなかった。
むしろ闘争心に火が付いたらしく、全員一斉に喚き出した!
「何が大魔女だ! 勝手にウチの魔女様を跡取りなんかにしやがって!」
「大魔女になったらお城に入り浸りになっちゃうんでしょ?! あんまりだわ、そんなの!」
「もう魔女様に会えなくなるんて! そんなのゴメンだ、冗談じゃない!」
「俺達の魔女様を、今すぐ返せ!」
「返してください、13番目の魔女様を!!!」
大工の棟梁が、装飾品職人を目指す少女が、家具職人の青年が、酒場に勤める姐さんが。
誰もがみんな異口同音に、声を張り上げ抗議する。
両親に連れられやって来たアネッタと妹も泣き叫ぶ。
「おばちゃん、ひどい! 魔女様に会いたいよぉ!」
「オバチャン、ヒドイ! オバチャン、ヒドーイ!」
「お、おばちゃん!?」
コレでも一国の 女王 である。
子供とは言え「おばちゃん」呼ばわりされたのは初めて。大魔女は思わず絶句した。
「まぁまぁ、皆さん。
大魔女様に失礼ですよ。落ち着いて話し合いましょう。」
「ギャンギャンギャンギャンギャンギャンギャン!!!」
1人冷静に場を取りなそうとするネット氏の横で、妻のマーサに抱かれた子犬が大魔女に向かって咆えまくる。
彼の愛犬は主人の本心を勇猛果敢に代弁していた。
「い、犬まで?! いくら何でも無礼だろう!?」
「無礼もへったくれもあるもんか! 娘の気持ちも知らないで!」
子犬の猛攻に驚く大魔女を、アマンダのおかみさんと近所の婆さんがどやしつける。
「アタシらの魔女様が大魔女になりたいだなんて、思うワケ無いだろ?!
あんなにおとなしい、恥ずかしがり屋の魔女様が! 」
「あの魔女様はね、そこいらにいるの娘達みたいな 普通の娘 になりたいんだよ!
それを無理矢理後継ぎにするだなんて、アンタ、それでも母親かい!?」
これはさすがに逆鱗に触れた。
大魔女は怒りで顔を赤らめ、金切り声で喚き散らす!
「お、お黙りっ! この私が、娘の事をまったく思ってないとでも!!?」
「思ってるようには見えないけど?
娘が痩せる努力してるのに、目の前でお菓子食べまくってるウチの母親よりタチ悪いわ!!!」
しゃしゃり出てきたアマンダは、おかみさんに叱り飛ばされた。
「あの、13番目の魔女様は、私達の街がお好きなんです。」
言葉を失い立ち尽くす大魔女に、セシリアがオズオズ歩み寄る。
「どうかこのまま私達と一緒に居させてあげていただけませんか?
私達も魔女様が大好きですわ。本当に、本当に大切な お友達 なんです・・・。」
そうだ そうだ!!!
街人達は一層激しく喚き立てる。
その騒々しい事といったら、耳を覆いたくなるほどだった。
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こんな事は初めてだ。
大魔女は激しく怒る一方、戸惑いと憂いを覚えた。
この国の女王である自分の言う事は、全て国の取り決め事である。逆らうなど許されないし、決定を覆す気もサラサラない。
しかしここまで反対されると厄介だ。この者達を放っておくと、後々問題が起きるかもしれない。
「・・・そこまで言うのなら、一つお前達を試してやろう。」
大魔女の口元に笑みが浮かんだ。少々意地の悪い、歪な笑みが。
「6日後に執り行う『継承の儀式』。
それまでに13番目の魔女の 名前 を言い当ててごらん。
もし誰か1人でも言い当てられたら、あの娘をお前達の街へ帰してやろうじゃないか。」
「・・・な、名前、ですか?」
セシリアが驚いて聞き返した。
「そう、 名前 さ。
どうして私たち魔女が 名前 で呼ばれないか、お前達は知ってるかい?
魔女の名前は 『禁忌の呪文』 だからだよ。
血の繋がった家族以外の者に 名前 を呼ばれてしまった魔女は、全ての魔力を 失 っ ち ま う 。
そうなったら、もう大魔女にはなれないだろう?
でもお前達。そんなマネが出来るのかい?
もし名前を言い当てたら、あの娘は ただの人間 になってしまうんだよ?
あぁ、なんて残酷なんだろう! せっかく魔女に生まれたってのにそんな目に遭うだなんて、考えただけでゾッとするよ!!!」
大魔女はさらに意地悪げに、街人達に笑い掛ける。
・・・ し か し 。
「 わかりましたわ、大魔女様!!♪」
「・・・へ?」
ニッコリ笑うセシリアに、大魔女の目が「点」になった。
「皆さん、お聞きなりまして!?」
「おぅよ!早速街へ帰ってみんなにも知らせてやらなきゃな!」
「よかった! 魔女様、普通の女の子になれるのね!」
「よし、今までの恩返しだ!何としても魔女様の 夢 を叶えるぞ!」
「女の子の名前でしょ? たくさんあるわよ、街の人全員で考えないと!」
「それじゃ大魔女様、失礼します!!!」
「キャン、キャンキャン♪」
街人達は一斉に、大魔女の前から去って行った。
「謁見の間」に取り残された大魔女はもはや茫然自失。為す術も無く彼らを見送り、寡黙な大臣と立ち尽くした。
「・・・ な、な、な ・・・、
なんなんだい!あの連中はーっっっ!!?」
我に返った大魔女がヒステリックに喚き散らす。
お陰で寡黙な大臣は、主が落ち着きを取り戻すまで介抱しなければならなかった。
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13番目の魔女はこの謁見を、こっそり影で覗いていた。
胸に複雑な思いが沸き起こる。その思いが辛くて苦しい。堪えきれなくなった彼女は謁見の間からそっと抜け出した。
与えられたばかりの自室へ帰ると、1人窓辺で蹲る。
13番目の魔女は、嬉 し か っ た 。
街の人達が王都まで来て自分を連れ戻そうとしてくれた事が、とても有難くて幸せだった。
それに、彼らはわかってくれていた。
人 になりたい。
魔法が使える 魔女 ではなくて、ごく普通の 娘 として、街の人達と生きていきたい。
密かにそう願う13番目の魔女の、誰にも言っていない 小さな夢 を。
魔女でなくてもいいから街に帰ってきて欲しいと、そう思ってくれている。
街の人達の優しさは、涙が出るほどとても嬉しい。
きっと彼らは魔女の名前を言い当てるため、必死で努力してくれだろう。
それこそ、街を挙げてみんなで考えてくれるに違いない。
しかし。
13番目の魔女は 悲 し か っ た 。
その努力は報われない。
家族以外の者が口にすれば魔力を失う「禁忌の魔法」。そんな危険な呪文でもある魔女の名前は、誰にも 言い当てられない のだ。
もし ありふれた名前ならば、他者に偶然 もしくは 意図的に唱えられ、魔力を失う 事故 が起きる。
だからこそ、この世に生まれた全ての魔女は、誰 も 思 い つ か な い ような名前を選んで与えられる。
街の人達がどんなに懸命に頑張ってくれても、言い当てる事は出来ないだろう。
「・・・。」
悲しい吐息が一つ漏れた。
大魔女になれば本当に、滅多にお城からは出られなくなる。
もう街の人達とは会えないだろう。可愛いアネッタにも、ネット氏夫妻や子犬にも、心優しいセシリアにも。
あ の 少 年 にも、もう二度と・・・・・・。
13番目の魔女は、静かに泣いた。