13番目の魔女
3.セシリアとバラの花
ただ、庭を眺めるだけ。
そんな日々を送るようになって、もうどのくらいになるだろう?
窓際の揺り椅子に座る セシリア は、白いものが混じり始めた後れ毛を片手でそっと撫でつけた。
(あの人は庭いじりが大好きだったわ。
気に入った木や花の苗を買ってきてはあちこちに植えて、せっせとマメに世話してたっけ。
とても優しい人だった。でも、短気でせっかちなところがあったわ。
あの短所には苦労させられたけど、まさかこんなに早く 逝ってしまう ほど、せっかちだったなんてねぇ・・・。)
病を患った夫を看取って、まだ数ヶ月しか経っていない。
共に過ごした日々を思うと胸が苦しく、哀しみばかりが増してくる。
広い庭のあるこの家に、たった1人残されたセシリアは、生きる気力をすっかり無くし、ぼんやりと毎日を過ごしていた。
残念な事に彼女はとても引っ込み思案。陽気で人気者だった夫とは違い、進んで外に出て行くような活発な性格をしていなかった。
家に閉じ籠もって誰とも会わず、ただ心の中で変らぬ笑顔を見せてくれる愛しい夫に、話しかけるだけの生活を送っていた。
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「・・・。」
13番目の魔女は、そんなセシリアの痛ましい姿に、密かに心を痛めていた。
銀のローブを風になびかせ空の高みを漂いながら、窓辺で庭を眺めるだけのセシリアの様子にため息をつく。
彼女の夫はとても明るい人だった。いつも陽気でユーモアに溢れ、困った人を放っておけない、そんな素敵な人だった。
図らずも先に身罷ってしまった夫が今のセシリアを見たら、どんなに悲しむ事だろう・・・。
シャラーーーーン・・・
魔女の腕飾りが、高らかに鳴った。
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(・・・13番目の魔女様?)
セシリアは、ハッと我に返った。
時間が経つのを忘れてしまうほど、夫との思い出に浸っていた。慌てて庭を見回してみる。
誰も居ない。手入れする人が居なくなり、雑草ばかり生えてる庭に、魔女の姿は
しかし、ちょうど自分が座っている窓辺から真正面の場所に ある物 を見つけて驚いた。
奇妙な 植物 が生えている。さっきまで、あんなモノはなかったのに!
セシリアは揺り椅子から立ち上がった。
恐る恐る庭へ出てみる。木や花に関心の無い彼女が庭に足を踏み入れるのは、とても珍しい事だった。
( なんて奇妙な植物かしら? ひょろひょろしてて頼りないこと。
茎は細くて針金みたいだし、葉っぱも黄ばんでて少ないし・・・。
もしかして、枯れかけてるのかしら???)
庭の隅に転がっているジョウロを拾い、水を汲んでかけてみる。
綺麗な水をたくさん浴びた正体不明の植物は、少し元気になったように見えた。
小さな葉っぱで水滴が玉になり、温かい日差しにキラキラ光る。
( 変な草ねぇ・・・。)
セシリアは少しだけ笑った。
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その日から、セシリアの毎日が少しだけ変った。
一日1回庭に出て、あの奇妙な植物に水をやる。それが彼女の日課になった。
なぜこんな事をするのかは、自分でもよくわからない。強いて言うなら、いつも座る窓辺の揺り椅子、そこから見える庭の景色で先ず目に付くのがこの草だから。
奇妙な草はたっぷりと水をもらい、ニョキニョキ大きくなっていった。
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ある日、セシリアがいつものように庭へ出て、奇妙な草に水をやろうとした時だった。
( あら? あの草に 何か 付いてるわ。)
何気なく顔を寄せ、よく見てみた。
もともと、園芸の知識はほとんど無い。そんな彼女に 心の準備 が、出来ているはずなどまるでなかった。
「 き ゃ ~~~~~っっっ!!?」
セシリアの絶叫がこだまする!
バケモノでも見たかのような、凄絶極まる雄叫びだった。
「きゃーっ!? なにナニ、どーしたのーーー!!?」
先ず、すっ飛んで来たのは、隣の家に住む おかみさん だった。
洗い物でもしていたらしく、エプロン姿で手は濡れたまま。自分の家から飛び出してきた彼女は、庭先にへたり込むセシリアを見て驚き慌てて駆け寄った。
「お、奥さん!? どうしたの何があったの!?」
青ざめ震えるセシリアを抱き起こす。何かを凝視しているのに気付き、つい そちらへと目を向けた。
ところが。
困った事にこのおかみさんも、園芸の知識がない人だった。
しかも「虫」と名の付くモノの全てが、死 ぬ ほ ど 嫌 い な人でもあった。
さらに、セシリアより若くて元気。そんなおかみさんの雄叫びは、想像を絶する声量だった!
「 き”ぃ”や”あ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”~~~~~っっっ!!?」
何事か!?と驚いた人々が、その辺中の家から飛び出して来た。
セシリアの庭はあっという間に、人でいっぱいになってしまった。
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「なんでぇ! バラの木に 芋虫 が付いてただけじゃねーか、アホらしい!」
お向かいに住んでる爺さんが文句を言った。
「バ、バラの、木?」
「おうよ。まだ苗木みてぇだがな。
この虫、葉っぱ食い荒らすぜ。さっさととっぱらっちまいな。」
「・・・」
口が悪いと評判の爺さんだが、気立ては悪くないらしい。
虫を触った事の無いセシリアが恐がり躊躇っていると、ひょいとつまんで捨ててくれた。
隣の家のおかみさんが、ホッとした様に話しかけてきた。
「怖かったわね~、奥さん。大丈夫?」
「・・・は、はぁ・・・。」
「な~にが怖かったわね~、よ。クマでも倒せそうな体格してるのに。」
「何か言ったかい!? アマンダ!!!」
しゃしゃり出てきた自分の娘を、おかみさんが睨んで叱りつける。
アマンダは今年で13歳。親に反発するお年頃だが、元気で人なつっこい娘だった。
「コレ、バラの木なんだね。ねぇセシリアおばさん、何色の花が咲くの?」
「・・・ご、ゴメンナサイ、わからないの。
いつの間にか生えてきてて・・・。夫が生前、植えたのかしら?」
「そりゃ大変だ。奥さん、バラは難しいよ?」
と、これはおかみさんの家とは反対隣に住む、大工の棟梁。
とても逞しい大柄の男で、今日は仕事が休みだったらしく作業着ではなく部屋着姿だった。
「木や花に詳しかったご主人さんならともかく・・・、大丈夫かい?」
「・・・。」
俯いてしまうセシリアに、今度は口の悪い爺さん家のお隣さん、酒場に勤める女給の姐さんがニッコリ笑って声を掛ける。
「あら、大丈夫よ。
ねぇ奥さん、何かわからない事があったら聞いてちょうだい。アタシ、園芸の事なら少しは詳しいから。」
「肥料がいるだろ。ウチにあるから持ってきてやるよ。」
さらにそのお隣のお婆さんが、よちよち自宅へと歩き出した。
「アンタのダンナにゃ、よくしてもらったからね。気にしないでおくれ。」
「あ、ありがとう、ございます。」
「バラはともかく、他も何とかしなきゃなぁ。」
さらにさらに、お婆さんのお向かいに住む逞しい青年がグルリと辺りを見回した。
「せっかくの広い庭が、雑草だらけでぼうぼうだ。
奥さん1人じゃ大変だろ? 任せときな、少し刈り込んでやるよ!」
「・・・まぁ。そんな、いいんですか?」
青年の優しい申し出に、セシリアが恐縮した時だった。
「きゃー、みんな、ちょっと来てー!!」
庭の隅にしゃがみ込んでいたアマンダが、突然大きく悲鳴をあげた。
少女が指さすその先を見て、全員が目を丸くする。
白と黒の子猫が2匹。
寄り添うように蹲り、鳴き声も出せずに震えている。
「・・・アマンダ、ウチじゃ飼えないよ?
父ちゃん、ネコ触ったら痒くなっちまう体質だって知ってるだろ?」
「・・・。」
アマンダがジッとセシリアを見る。
何かを訴える少女の目。セシリアは驚き、戸惑った。
「え? あ、あら?・・・まぁ!」
次にセシリアに声を掛けたのは、意外にも口の悪い爺さんだった。
「任せろ奥さん。ワシゃ、若い頃は10匹以上ネコを飼っとった男じゃ。
もういつポックリ逝くかわからんから飼えんのだが、助言くらいならいつでも出来るぞ!わっはっは!!!」
当分死にそうにない爺さんが、ふんぞり返って豪快に笑った。
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暗く虚ろだった毎日が、驚くほど変っていった。
口の悪いの爺さんは、散歩中によく立ち寄ってバラに虫が付いていないか見てくれるようになっていた。
手入れを指導してくれる酒場の姐さんは、仕事に行く前によく声を掛けてくれる。
大工の棟梁は「こんなに庭が広いんだから、何もないのはもったいない」と、素敵なテラスを作ってくれた。
そのテラスにぴったりのテーブルと椅子を用意してくれたのは、庭仕事が好きな逞しい青年。彼が家具の職人だったと、つい最近ようやく知った。
肥料をくれたお婆さんや隣の家のおかみさんは、よくシチューやソーセージをお裾分けしに来てくれる。
素敵なテラスはおしゃべり好きな彼女達のたまり場になっている。そのおしゃべりにつき合う内に、セシリアはこの周辺の噂話にすっかり詳しくなってしまった。
アマンダもまた、毎日のように訪ねて来ては2匹の子猫と仲良く遊ぶ。
「バラも子猫も良かったね。早く花が咲かないかな~。」
そう言って、彼女はバラが花を付けるのをとても楽しみにしてくれる。
たくさんの人達の 優しさ が、セシリアのバラを育てていく。
セシリアもバラを我が子のように、心の底から慈しんだ。
何かに愛情を注ぐなんて、どれだけ久しい事だろう?
セシリアはスカートの裾にじゃれる2匹の子猫を抱き上げた。
「もちろん、あなた達もよ。いたずらっ子さん達♡」
口の悪い爺さんのお陰で、やんちゃな子猫を捕まえる事くらい容易く出来る様になっていた。
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街に春のそよ風が吹く頃、セシリアのバラに花が咲いた。
あんなに細く頼りなかったバラは、今や立派な 木 になった。太くしっかりとした幹から幾つも枝を伸ばし、緑の葉を生い茂らせせる。その枝全てに咲き誇る花は、どれも大輪で溢れんばかり。力強くも気高く可憐で、うっとりするような芳香を放つ。
( なんて美しいのかしら!)
午後の庭に佇むセシリアは、感動で胸が一杯になった。
セシリアのバラは鮮やかな 黄色 。亡き夫が一番好きな、黄色いバラの花だった。
( あぁ、あなた・・・。)
見上げるほどに育ったバラの木を見つめ、セシリアは静かに涙を流す。
「・・・どうしたの、おばさん!?」
学校帰りに立ち寄ったらしい。肩から鞄を下げたアマンダが、垣根越しに声を掛けて来た。
「何でも無いのよ。何でも・・・。」
セシリアは慌てて涙を拭い、垣根を跳び越え駆け寄ってくるお転婆な少女に微笑んだ。
その時。
シャラン・・・・。
魔石が鳴る美しい音が聞こえた。
「13番目の魔女様!」
空を見上げてアマンダが叫ぶ。
嬉しそうなその声に、セシリアもゆっくりと顔を上げる。
随分前からわかっていた。この素晴らしいバラの木は、魔女がくれた贈り物。
夫と一緒に生き甲斐を無くした自分のために、魔女が魔法で与えてくれたとても美しい 奇跡 だと。
( 有難うございます。魔女様・・・。)
空を見上げたセシリアは、ハッと大きく目を見張る。
猫と散歩が大好きな口の悪い爺さんが暮らす向かいの家。
その屋根の上に、銀のローブを春風になびかせ佇む小さな魔女がいる。
魔女の隣に もう1人 。空の青さに霞んで見えるが、優しげな初老の男性がいる。
彼は愛情深い目でセシリアを見つめ、ニッコリ陽気に微笑んだ。
『まったく、お前ときたら困ったもんだ。俺がいないと何にも出来やしないんだから。
でも、もう大丈夫だろ? お前はもう1人じゃない。
バラと猫とご近所さんと、みんなで仲良く助け合いながら楽しくしっかり生きなさい。
急がなくていいからな? 俺みたいにせっかちになったら絶対ダメだ。
いいかい? こっちにはなるべく のんびりゆっくり 来るんだぞ・・・。』
悪戯っぽい目配せを残し、その人はキラキラ瞬く光になって空の彼方へ飛んでいった。
セシリアの頬を涙が伝う。
空を見つめる彼女の顔は気力に満ちあふれ、とても晴れやかに輝いていた。
( いいわ、たくさん待たせてあげる。
いっぱいお土産話を持って行くから、その時はあなた、覚悟なさい!
隣のお家のおかみさんみたいにひっきりなしに喋りまくって、貴方を困らせてあげますからね!)
シャラン・・・・。
魔女の腕飾りが鳴った。
今度の魔法は、健康の魔法。
素晴らしい男性に愛された、素晴らしい淑女がいつまでも健やかでありますように。
もちろん、その足下で鳴く2匹の可愛い猫達も。
「大丈夫よね、ねぇ、おばさん?」
アマンダがかわいい笑顔で寄り添ってきた。
「バラと猫と、アタシが付いてるわ。そうでしょ?」
セシリアは愛情を込めて、こまっしゃくれた少女を抱きしめた。
そんな2人をバラの香りがふわりと優しく包み込む。
セシリアはとても幸せだった。
「そうね、やっぱり 13番目の魔女 がいいわ。」
王都にそびえる大魔女の城。
その大広間で玉座に座る、大魔女が寡黙な大臣にそう告げた。
「あの子は13人いる姉妹の中で一番魔力が強い。
おまけに素直で教え甲斐がある。きっと 期 待 通 り の大魔女になってくれるだろう。」
「ですが、大魔女様・・・。」
傍らに立つ寡黙な大臣が、遠慮がちに意見を述べる。
彼は僅かに眉を潜め、いささか不服そうだった。
「 2番目の魔女 様は・・・?」
「 ア レ は ダメ だよ!!!」
大魔女の返事は速攻で、口調はとても厳しかった。
「お前、忘れたの?
1番目の魔女 は、ア レ の所為で 堕落 したんだよ!?
私が1番目の魔女にどれだけ期待していたか、お前知ってるだろう!?
それなのに、あの 2番目の魔女 が・・・。
いいかい? 2番目の魔女 だけはダメだよ!
今度こそ邪魔させない、私の跡継ぎは 13番目の魔女 だ!!!」
「・・・。」
寡黙な大臣は押頭を下げた。