13番目の魔女

2024年5月13日

国を治める大魔女の娘は全部で13人。
どの娘も優秀な魔女で、1人に1つ町や村を担当させて守護するように命じている。

「この国の行く末のために、そろそろ跡継ぎを決めて教育しないとねぇ。
そうだろ?大臣や。」

大きなお城の大広間、豪華絢爛な玉座に座る大魔女が大臣にそう告げた。
「今度は、慎重にやらないとねぇ。
また あんな事 が起こったら、たまったものじゃない!」
眉を潜め呟く大魔女に、非常に寡黙な大臣はただ黙って頭を下げた。

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大魔女のいるお城から遠く放れた小さな街。
すっかり日が暮れ人気ひとけの無くなった街の公園。その片隅にある古いベンチに、少女が1人で座っている。
彼女の名前は アネッタ 。先月8歳になったばかりの子供で、こんな時分に外を出歩いていい年齢ではあり得ない。

(いやよ! アタシ、もうお家には帰らなんだから!)

ペコペコのお腹が促す帰宅を、アネッタは頑なに拒み続ける。

(お母さんなんか嫌いだもん!
妹も大っ嫌い! もうお家に帰ってやらないんだから!!!)

威勢良く心の中で叫んでみても、寂しい気持ちがこみ上げてくる。
辺りはどんどん暗くなる。誰もいない公園のベンチにポツンと1人で座っていると、恐怖も次第に沸いてくる。
それでも、家には帰りたくない。
アネッタは堪えきれずにこぼれる涙を、小さな手の甲でゴシゴシ拭った。
(・・・あぁ、アタシって、ハッコウ(薄倖)で ヒゲキテキ(悲劇的)・・・。)
思いっきり息を吸い込み、何度ついたかわからない吐息を盛大にまた、一つついた。

 シ ャ ラ ン ・・・・。

耳に心地よい、とても綺麗な音がした。
アネッタがパッと笑顔になる。彼女は勢いよく顔を上げ、元気にベンチから立ち上がった。

「こんばんは! 13番目の魔女 様!」

ぴょこん、とお辞儀をした相手は、銀ローブを纏った小柄な「魔女」。
宙に浮かんでたゆたいながら、静かにアネッタを見下ろしている。
彼女は 大魔女の13番目の娘 。
アネッタが暮らす街を守護する 13番目の魔女 である。

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「アタシね、家出してきたの!」

魔女は何も聞いていない。
それでもアネッタは「薄倖で悲劇的な」自分の今の状況を説明する。
13番目の魔女は小さなアネッタの「お友達」。
この街で暮らす人々全ての、優しく不思議な 友人 だった。

「お母さんが約束を破ったの! これは断じて許せないわ!!!
アタシ、お姉ちゃんだからいろんな事我慢しなきゃならないってわかってるの。先に生まれた子はね、下の子にいろいろ譲ってあげなきゃいけないのよ。
でもお母さん、あの お人形 はアタシにくれるって言ったのに! 今日学校から帰ったら、妹がそのお人形で遊んでいたわ!
ヒドイと思わない!?
アタシ、あのお姫様のお人形だけはどうしても、どうしても欲しかったのに!!!」

「・・・。」
わっと泣き出したアネッタを見つめ、魔女は少し困惑した。
アネッタが欲しがっている「お姫様のお人形」は知っている。
古びているがとても可愛い、綺麗な桃色のドレスを纏った金の巻毛の人形だ。
アネッタの 妹 も知っている。
年が5つも離れていて、身体が弱く病気がち。だから母親もつい甘やかしてしまうのだろう。
アネッタ自身の事もよく知っている。
今は癇癪を起こしているが、我慢強くてとても良い子。母親の手が妹に掛かりっぱなしでも我が儘を言った事は一度も無い。
しかし、本当に「欲しい」と思った「お姫様の人形」まで、妹に取られてしまったのだ。
今まで押さえ込んでいた感情が爆発してしまったのだろう。

 シャラーーーーン・・・。


13番目の魔女が、右手を大きく薙ぎに振る。
その腕にはめられた腕飾り。幾重にも連なる色とりどりの魔石が、高く清らかに鳴り響いた!
「 ・・・えっ?!」
驚いたアネッタが顔を上げると、目の前の景色が変っていた。

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どこかの病院の一室のようだ。
優しそうな婦人がベットの上で身を起こし、腕に 赤ちゃん を抱いている。

( お母さん?!)

アネッタは目を丸くした。
目の前に居る婦人は確かに母親、しかし髪型が違っている。
家で妹の世話をする母親は、「髪の手入れする時間が惜しい」と言っていつも短く切りそろえている。
今、優しい眼差しで赤ちゃんを眺める母親の髪は長い。柔らかい髪を三つ編みにしたアネッタの母の傍らで、今よりずっと痩せているスレンダーな父親が幸せそうに微笑んでいた。

「よかったわ。無事に生まれてきてくれて・・・。」

母のささやきに大きく頷き、父が両目を潤ませた。
「医者に子供か、母親かって言われた時には、俺の方が生きた心地しなかったよ。
2人ともよく頑張ってくれたね。ありがとう・・・。」
「きっとお母さんのお人形が守ってくれたのね。この子は私のように弱い子じゃないといいんだけど。」
「大丈夫だよ。君だって病気がちだったのは子供の時だけで、大人になって随分健康になったじゃないか。」
「それもお母さんのお人形のお陰かもね。」
母は微笑み、枕元に座る「お姫様の人形」に目を向けた。
「死んだお母さんが私の為に、大魔女様に 守護の術 を掛けて頂いたお人形。
小さい頃からずっと一緒で、いつも私を護ってくれたわ。でも・・・。」
再び、腕の中へと目線を落とす。
薄紅色のおくるみに包まれた、生まれたばかりの女の子。
まだ目も見えない赤ちゃんが、小さな両手をばたつかせた。
「できれば、この子はお人形に頼らず元気に育って行って欲しい。
どうか、そうでありますように・・・。」
「頑張って守っていこう、俺達2人で。」
腰掛けていた椅子から乗りだし、父が母の肩を抱く。
そんな夫と笑み交し、母は赤ちゃんの額にそっと優しく唇を寄せる。

「私の可愛いアネッタ。
元気に、幸せに育ってね・・・。」

赤ちゃんは温かいおくるみの中で、健やかに小さく欠伸した。

 シャラーーーーン・・・


再び魔女の腕飾りが鳴った。
アネッタが見ている景色が変った。

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もう少し様子を見てみましょう。
そう言って、医者は大量の薬を残して帰って行った。
続く微熱で寝付けずむずがる子供がやっと眠りに付いた。母親はホッと一息つくと、子供が眠る寝台ベッドの端に腰を下ろす。
そして、ぼぅっとした眼差しで、部屋の壁一面に張られまくっているたくさんの絵を見回した。
アネッタが描いたたくさんの 絵 。学校に通う8歳の娘が、図工の時間に描いたものを持って帰って来たものだ。
何を描いたのかはイマイチわからないものばかり。それでも画用紙いっぱい描かれた色彩豊かな絵を見ていると、アネッタの笑顔を思い出す。
得意気に絵を広げ、楽しそうに説明してくれる溌剌とした娘の笑顔。その可愛らしさと愛しさに、疲れた心が癒やされる。
母親は小さく微笑んだ。
力無く笑う彼女の笑みは、とても穏やかで満ち足りていた。

( アネッタが元気でいてくれるから、お陰で私は頑張れる。
あの子の笑顔には、本当に救われるわ・・・。)

闘志が湧いてきた。
傍らで眠る幼い子供の汗ばむ額をそっと撫でる。
熱は下がってきているようだが、ひどく寝苦しそうだった。
ふと気が付き、母親は子供の寝台ベッドから立ち上がった。
子供部屋から一度出て行き、何かを携え戻ってくる。
持ってきたのは あの人形 。
古びているがとても可愛いお姫様の人形を、眠る子供に抱かせてやった。
苦しげだった寝息が落ち着き、幾分表情が和らいできた。
その様子に安堵する。いつかアネッタにしてあげたように、母親は子供の火照った額にキスをした。

「早く良くなって、お姉ちゃんと一緒に遊ぼうね。
頑張ってくれてるお姉ちゃんに、2人でうんと『ありがとう』しようね・・・。」

眠る子供が人形を抱きしめ、ほんのり小さく微笑んだ。

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「・・・あれ?」

気が付くと、目の前の景色が元の公園に戻っていた。
アネッタは慌てて辺りを見回す。街の公園はすっかり暗くなり、所々にある外灯がぼんやり灯っている。
ふと見上げると、13番目の魔女がそこに居た。
宙を漂う小さな魔女は、目深に被ったフードの中からアネッタを心配そうに見つめていた。

「あのお人形・・・。
お母さんがお祖母ちゃんからもらった お守り だったのね・・・。」

アネッタは小さくつぶやいた。

「だったら、お母さんが妹にあげちゃったのも、仕方ないかもしれないわ。
アタシはとっても元気だけど、妹は身体が弱いんだもの。お守りの力が必要よ!
ずっと前に天使になったお祖母ちゃんだって、きっとお空で妹の事、心配しているわ。
そうね、お人形は妹にあげる!
だってアタシ、お 姉 ち ゃ ん だもん!!!」

魔女を見上げるアネッタは、もうすっかり泣き止んでいた。
まだ涙目だけど胸を張って笑う彼女は、自分の言葉に誇らしげだった。

「アネッタ!
おーい、どこ行った? アネッターーー!」

誰かが呼んでる声がする。
アネッタの笑顔が輝いた。
「お父さんだ! お父さーん!!♪」
声がする方へ駆け出した彼女は、公園の出口でハッと気が付き、立ち止まる。
振り向き、シャンと背筋を伸ばすと、ぴょこんと魔女に頭を下げた。

「ありがとございます!13番目の魔女様!!!」

 シャラン・・・・。
魔女の腕飾りが小さく鳴った。
今度の魔法は、守りの魔法。
可愛いアネッタとその父親が、無事にお家へ帰れるように。
公園を出て通りを横切り、自分を捜す父親の胸にアネッタは思いっきり飛び込んだ。
温かい父の腕の中で、もう一度だけ振り向いてみる。
外灯の光が朧に照らす公園に、もう魔女の姿は見当たらなかった。

 シャラン・・・・。

腕飾りの音が聞こえた気がした。
さよなら。おやすみなさい。
魔女がそう言ってくれたのだと、アネッタは信じる事にした。

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